営業する地域が異なる同業他社への退職後の就職を禁止された場合

勤務先の会社や、これから入社しようとしている会社から「退職後〇年間は同業他社に就職しません」などと記載された誓約書(合意書・同意書)にサインを求められることがあります。

このような退職後の同業他社への就職を禁止する誓約は「競業避止義務に関する誓約」などと呼ばれますが、誓約に合意した労働者はその「〇年」の期間、同業他社に就職することが労働契約上の義務として禁止されることになりますので、このような誓約は労働者にとって何の利益もありません。

また、退職後の就職先を一定期間制限されることは憲法22条で保障された「職業選択の自由」が制限されることにもつながりますから、そのような誓約は本来「無効」と判断されるべきものと言えるでしょう。

しかし、労働者が自らの「自由な意思」でその誓約に合意したというのであれば、当事者の合意も尊重する必要があります。法律は契約自由の原則を定めているため(民法91条、労働契約法3条1項)、労働者本人が「自由な意思」でその誓約に同意を与えたというのであれば、その当事者の意思も尊重しなければならないからです。

もっとも、そのように労働者の「自由な意思」をもって誓約が行われた場合であっても、その誓約が無制限に有効と判断されるわけではありません。その競業避止義務の誓約が「必要かつ合理的な範囲を超える」場合には、原則に立ち返って「無効」と判断されるのが通常です。

先ほど述べたように、競業避止義務に関する誓約は憲法22条で保障された職業選択の自由という憲法で保障された基本的人権を制限する性質があることに鑑みれば、その誓約の範囲は「必要最小限かつ合理的な範囲」に制限されるべきだからです。

この点、具体的にどのような競業避止義務に関する誓約の場合に「必要かつ合理的な範囲を超える」と言えるかが問題となりますが、一般的には「競業避止義務の目的や必要性」、競業が禁止される「期間」や「地域」「技能やノウハウ」「退職前の地位」「代替措置の有無」など6つの要素を総合的に考慮して判断されると考えられています(※詳細は→退職後の同業他社への就職を禁止する誓約が無効になる場合とは)。

その中でも比較的問題として生じやすいのが、退職後に就職が制限される同業他社の「営業する地域」が必要かつ合理的な範囲を越えているようなケースです。

たとえば「関東」の地域内でしか展開していないレストランで働く労働者が自らの「自由な意思」で「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約書にサインしていた場合、「関東」の地域内で営業する他のレストランへの就業を一定期間制限されるのは許容できるかもしれません。

しかしこれが、「関西」地方でしか営業していないレストランに就職する場合にまでそれを制限されるというのなら、会社の営業地域が被ることはないわけですから、退職後の競業を禁止しなければならない合理的な理由はないので「必要かつ合理的な範囲を超える」誓約として無効と判断できる可能性は高くなると言えます。

では、実際に労働者が会社からの求めに応じて「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約に同意した場合において、その退職後に就職しようとしている同業他社が従前の会社と営業する地域が異なるにもかかわらず、従前の会社からその誓約を根拠にその営業地域の異なる同業他社への就職を妨害された場合、労働者は具体的にどのようにしてその競業避止義務に対処すればよいのでしょうか。

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退職後の競業避止義務の範囲が「必要かつ合理的な範囲を超える」場合とは

このように、たとえ会社からの求めに応じて「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約書に自らの「自由な意思」で署名していたとしても、その退職後に就職しようとする同業他社が、従前の会社とその営業する範囲を異にする場合には、その同業他社への就職は制限されない場合もあると考えられます。

先ほど説明したように退職後の競業避止義務に関する誓約は職業選択の自由を制限する性質があることに鑑みると「必要かつ合理的な範囲を超えない最小限の範囲」に限定されるべきですから、営業する地域が異なる同業他社までその誓約の範囲を広げることは労働者の人権を必要以上に制限することになるからです。

この点、具体的にどの程度の「地域」が異なる場合にその競業避止義務に関する誓約が無効と判断できるかはその事案ごとに判断するしかありませんが、たとえば、東京都内にしか店を構えていない美容院で働く労働者が入社する際に「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約書に自らの「自由な意思」でサインしていたとしても、常識的に考えてその美容院の顧客は東京近郊(神奈川・千葉・埼玉あたり)が限度になると思いますので、その競業避止義務に関する誓約も東京近郊の美容室への就職に限定されるものと解されます。

ですから、このようなケースでは、その労働者が愛知県にしか店舗を展開していない美容室に転職する場合には、その誓約の効力は「愛知県内」の美容室までは及ばない(愛知県まで範囲を広げるのは「必要かつ合理的な範囲を超える」)と判断されるので、愛知県の美容室への就職は制限されないと考えて差し支えないと思います。

また、たとえば、神奈川県の川崎市に所在するマッサージ店で専門技能を習得した労働者が「退職後〇年間は同業他社に転職しない」旨の誓約書にサインしていたとしても、常識的に考えればマッサージ店の顧客はその店舗の所在する市内周辺に限られると思いますので、その労働者が横浜市のマッサージ店に転職する場合は、その誓約は効力を生じないと考えて差し支えないのではなかと思います。

※ただし、先ほども述べたように退職後の競業避止義務に関する誓約の有効性はその「地域」だけではなく「競業避止義務の目的や必要性」「期間」「専門的技術・技能ノウハウ等」「退職前の地位」「代替措置の有無」などの要素を総合的に考慮して判断されることになりますので、退職後に就職しようとする会社の営業する「地域」が従前の会社と被らないからといって必ずしもその誓約が「無効」と判断されるわけではないことは留意する必要があります。

営業する地域が異なる会社への就職が競業避止義務の誓約を根拠に制限されている場合の対処法

以上で説明したように、たとえ労働者がその「自由な意思」をもって「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約に合意していたとしても、その従前の会社と営業範囲が被らない地域で営業する同業他社に就職する場合には、その誓約は「必要かつ合理的な範囲を超える」ものとして効力を生じないと考えられますので、労働者はその誓約に従うことなく自由に同業他社に就職することができると言えます。

もっとも、このような法律的な考え方があるとしても、いったん競業避止義務に関する誓約書に署名してしまった場合は、会社側はその誓約書を根拠にして同業他社に就職を妨害してくるのが普通ですから(※ですからそのような誓約書にはそもそもサインしないように心掛ける意識が必要です)、そのような場合における具体的な対処法が問題となります。

(1)競業避止義務に関する「地域」が必要かつ合理的な範囲を超えている点を書面で通知する

「退職後〇年間は同業他社に就職しない」旨の誓約書に「自由な意思」でサインしたことを理由に会社から退職後の同業他社への就職を制限(妨害)されている場合において、その就職しようとする会社の営業範囲が従前の会社の営業範囲と被らない場合には、その競業避止義務に関する誓約の効力が就職希望先の会社には及ばないことを記載した書面を作成し会社に通知してみるというのも対処法の一つとして有効です。

「退職後〇年間は同業他社に就職しない」といったような競業避止義務に関する誓約書をとるような会社は、その誓約が無制限に効力を有していると誤解しているケースが多いので、口頭でいくら「営業地域が被らない同業他社には効力を生じませんよ」と説明したとしても話し合いに応じてくれる期待は持てません。

しかし、書面という形で正式に説明すれば、将来的な裁判への発展などを警戒して態度を改める会社もありますので、書面の形でその無効性を指摘してみるのも効果があると言えるのです。

なお、この場合に会社に通知する書面の記載は以下のようなもので差し支えないと思います。

株式会社 ○○

代表取締役 ○○ ○○ 殿

競業避止義務に関する誓約の無効確認通知書

私は、〇年〇月〇日、同日付の退職届を提出する方法によって退職の意思表示を行い、同月〇日付をもって貴社を退職いたしましたが、先日私が川崎市に所在する洋菓子店に就職したところ、貴社の人事担当○○氏から「退職後1年間は同業他社に就職しないことを規定した競業避止義務に関する誓約に違反する」との告知を受け、また損害賠償請求を行う可能性もあるので直ちに退職するようにとの連絡を受けました。

この退職後の競業避止義務について○○氏は、私が貴社に在職中、貴社の求めに応じ「退職後1年間は同業他社に就職しない」旨記載された誓約書に署名押印している事実があることから、私に退職後1年間、労働契約上の義務として同業他社に就職しない内容の競業避止義務が課せられている旨の説明をしています。

しかしながら、そのような誓約書が実際に存在するかは不明ですが、仮にそのような誓約に合意があったとしても、かかる競業避止義務に関する誓約が憲法22条で保障された職業選択の自由を制限する性質ものであることに鑑みれば、その競業を禁止する範囲も必要かつ合理的な範囲を超えない限度についてのみ効力を生じさせると考えるべきです。

そうすると、貴社の洋菓子店が横浜市に所在し、その主な顧客が同市内の住民等に限られることを踏まえればその競業避止義務に関する誓約も貴社の営業地域の範囲内となる横浜市とその周辺に限られるはずですが、私が就職した洋菓子店は川崎市に所在しており、貴社の営業範囲とは競合しませんから、かかる競業避止義務に関する誓約を根拠にして当該川崎市の洋菓子店への就職を制限する行為は、必要かつ合理的な範囲を超えた競業避止義務の強制と言えます。

そうであれば、その誓約書の存在は不明ですが、仮にそのような誓約があったとしても、その誓約は労働者の職業選択の自由を合理的な理由なく不当に制限するものとして効力を生じないものと考えなければなりません。

したがって、貴社が、競業避止義務に関する誓約を根拠にして私の退職後の就職を制限する行為は労働契約上および法律上の根拠を欠きますから、私において、その根拠のない貴社の指示に従わなければならない義務も何ら生じていないことを、この通知書で確認し通知いたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※実際に送付する場合は会社に通知が到達した証拠を残しておくため、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残される郵送方法を用いて送付するようにしてください。

(2)その他の対処法

上記のような書面を通知しても会社が競業避止義務に関する誓約を根拠に同業他社への就職を妨害する場合、または最初から他の方法で対処したいという場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)労働基準監督署に相談して解決できるか

なお、このような誓約を根拠に退職後の同業他社への就職を妨害する行為について労働基準監督署で解決できるかという点が問題となりますが、労働基準監督署は”労働基準法”とそれに関連する命令等に違反する事業主を監督する機関に過ぎず、個別の労働契約に関するトラブルについては行政権限が与えられていませんので、退職後の競業避止義務といった個別の労働契約の問題については介入しないのが一般的です。

ですから、このような案件に関しては、弁護士に相談して示談交渉や訴訟を利用するか、労働局の紛争解決手続きや都道府県労働委員会のあっせん手続きを利用して解決を図るしかないと思います。