労働トラブルを解決する手段としては、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行う方法や弁護士・司法書士に依頼して裁判を行う方法などいくつかの方法が考えられますが、意外と知られていないのが「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づいて行われる労働局の「助言・指導」の手続きと「あっせん」の手続きです。
「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」という法律では、労働者と使用者(雇い主)の間で”紛争(労働トラブル)”が発生した場合に当事者の一方(又は双方)から労働局に「援助」を求めることによって労働局から「助言」や「指導」を出してもらったり、当事者からの申請によって紛争調整委員会による「あっせん」を受ける手続きが設けられていますので、事案によってはこれらの手続きを利用して労働トラブルの解決を図ることも可能といえます。
そこでここでは、労働局が実施している「個別紛争解決紛争の援助(助言・指導)」の手続きと「あっせん」の手続きについて、その具体的な利用手順と注意点などを解説してみることにいたしましょう。
労働局の「助言」「指導」の手続きとは?
先ほど述べたように「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」では、労働局が紛争当事者(労働者と使用者)の一方又は双方から労働トラブルの解決に関する「援助」を求められた場合に「助言」や「指導」を行う手続きが設けられています(法第4条1項)。
都道府県労働局長は、個別労働関係紛争(中略)に関し、当該個別労働関係紛争の当事者の双方又は一方からその解決につき援助を求められた場合には、当該個別労働関係紛争の当事者に対し、必要な助言又は指導をすることができる。
すなわち、労働者が使用者(雇い主)との間で何らかの労働トラブルに悩まされている場合には、最寄りの労働局で「紛争解決援助の手続き」の申請を行い、労働局から使用者(雇い主)に対して「助言」や「指導」を出してもらうこともできるということになりますので、その「助言」や「指導」に使用者(雇い主)が従う限りにおいて、労働者が抱えている労働トラブルも解消されることが期待できるということになります。
たとえば、上司からのパワハラに悩まされている場合であれば、パワハラの被害に遭っている労働者が労働局に対して「紛争解決援助の手続き」の申請を行って「助言」や「指導」を求めれば、労働局から勤務先の会社の方に「パワハラを止めさせないと駄目ですよ」というような「助言」や「指導」を出してもらうことできるということになりますので、会社がその「助言」や「指導」に従う限り、パワハラという労働トラブルが解消されることも期待できるということになります。
労働局の「あっせん」の手続きとは?
先ほど述べたように「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」では、「助言」や「指導」(法第4条1項)の他にも、当事者からの申請に基づいた紛争調整委員会による「あっせん」の手続き(法第5条1項)も設けられています。
都道府県労働局長は、前条第一項に規定する個別労働関係紛争(労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除く。)について、当該個別労働関係紛争の当事者(中略)の双方又は一方からあっせんの申請があった場合において当該個別労働関係紛争の解決のために必要があると認めるときは、紛争調整委員会にあっせんを行わせるものとする。
この紛争調整委員会の「あっせん」の手続きは、労働局に設置された紛争調整委員会を構成するあっせん委員が、労働トラブルの紛争当事者(労働者または雇い主)から申請を受けることでトラブル解決に向けた「あっせん案」を提示し、その「あっせん案」を当事者が受け入れることによってトラブルの解消を図ることを目的とした手続きです(放題23条1項)。
あっせん委員は、紛争当事者から意見を聴取するほか、必要に応じ、参考人から意見を聴取し、又はこれらの者から意見書の提出を求め、事件の解決に必要なあっせん案を作成し、これを紛争当事者に提示することができる。
たとえば、整理解雇を命じられた労働者が労働局に「あっせん」を求めた場合であれば、労働局に設置された紛争調整委員会がその整理解雇の適法性を検討し、会社に対して「整理解雇を撤回してはどうですか」とか、労働者に対して「会社の整理解雇は不当だけども解決金を〇百万円支払うって言ってるからそれに応じてはどうですか」などという「あっせん案」を提示し、当事者がそれを受け入れることによってトラブルの解消が図られることになります。
労働トラブルの解決手段として労働局の紛争解決援助(助言・指導・あっせん)の手続きを利用するメリットとデメリット
以上のように、労働局では紛争解決援助手続きとして労働局による「助言」や「指導」、あるいは紛争調整委員会による「あっせん」の手続きが設けられていますので、これらの手続きを利用することによって労働トラブルの解決を図ることができるものと考えられます。
もっとも、この労働局の紛争解決援助の手続きも万能な手続きではなく、次のようにメリットとデメリットがありますので、その点を留意したうえで利用する必要があります。
(1)労働局の紛争解決援助手続きを利用するメリット
ア)無料で利用できる
労働局の紛争解決援助手続きとして労働局の「助言」や「指導」を求めたり紛争調整委員会による「あっせん」の手続きを利用する最大のメリットは、トラブル解決のための費用が一切かからない点です。
労働トラブルの被害にあった場合は弁護士や司法書士に依頼して裁判や調停等を裁判所に申し立てて解決を図るのが一般的ですが、その場合には依頼する弁護士や司法書士への報酬だけでなく裁判所へ納付する訴訟費用等も必要となりますので経済的な負担が重荷になります。
しかし、労働局の紛争解決援助手続きは行政機関の手続きであるため無料で利用することができますから、経済的な負担を考える必要がありません。
イ)労働法の専門家が関与するので違法な解決を強制させられる心配がない
労働法の理解が十分ではない一般の労働者が、使用者(雇い主)と直接交渉して労働トラブルの解決を図る場合、交渉力に勝る使用者(雇い主)にいいように言いくるめられてしまい、法的に妥当とは言えない解決案を自分が気づかないまま強制させられるケースもしばしば見受けられます。
しかし、労働局の紛争解決援助手続きの「助言」や「指導」は労働法に精通した地方労働局長の名で行われますし、「あっせん」手続きにおいて提示される「あっせん案」も弁護士や労働組合経験者、大学教授など労働法に精通した専門家があっせん委員として組織する紛争調整委員会によって作成されますので、労働局の紛争解決援助手続きを利用する限り、そのような不当な解決案に気付かないまま強制させられてしまう心配はほとんどないといえます。
委員は、学識経験を有する者のうちから、厚生労働大臣が任命する
労働局の紛争解決援助手続きでは専門家が関与して解決に向けた話し合いがもたれることになりますので、労働法や判例規範に沿った解決方法が示されるものと理解して差し支えないと思います。
(2)労働局の紛争解決援助手続きを利用する場合のデメリット
ウ)必ずしも労働者が満足できる「助言」や「指導」、「あっせん案」が提示される保証はない
先ほどの「イ」で説明したように、労働局の紛争解決援助手続きでは学識経験者など労働法や労働トラブルの判例理論にある程度精通した専門家が関与しますので違法な解決結果に導かれてしまう危険性は限りなく低いといえます。
もっとも、だからといってその解決結果が必ずしも労働者の希望を十分に満たすものである保障はありません。労働局はあくまでも中立的な立場で紛争当事者間のトラブルの解決を図るのが仕事ですので、紛争当事者の一方に過ぎない労働者の希望だけを聞き入れることはできないからです。
もちろん裁判所における訴訟手続きを利用する場合にも裁判官は中立的な立場で判断を下しますので、裁判によって解決を図る場合であっても労働者の希望が必ずしも全面的に認められるわけではありません。
しかし、弁護士や司法書士に依頼して裁判を行う場合にはその弁護士や司法書士の能力・力量・経験あるいはその事件に掛ける情熱が高かったり、労働者側に有利な証拠が十分にそろっているなど労働者側に有利に訴訟が運べるケースでは、労働者が十分に納得できる解決を図れる事案も往々にしてあるのが実情です。
ですから、事案によっては労働局の紛争解決援助手続きを利用するよりも、弁護士や司法書士に個別に依頼して裁判などで解決を図った方が満足する結果を得られることもありますので、その点を十分に理解したうえで労働局の手続きを利用するか決めることが必要と言えます。
エ)労働局の「助言」や「指導」「あっせん案」に強制力はない
労働局の紛争解決援助手続きを利用するうえで最も注意が必要なのは、労働局の出す「助言」や「指導」、あるいは紛争調整委員会の出す「あっせん案」には強制力がないという点です。
裁判所の出す「判決」には強制力がありますので、弁護士や司法書士に依頼して裁判を行い裁判所から判決を出してもらうことができれば、その判決に基づいて強制執行を行い、労働トラブルの解決を強制的に実行させることが可能です。
しかし、労働局の紛争解決援助手続きにおける「助言」や「指導」「あっせん案」には強制力がありませんので、仮に労働局から労働者側に有利な「助言」や「指導」、「あっせん案」が出されたとしても、その「助言」や「指導」に使用者(雇い主)側が応じなかったり、使用者(雇い主)側が「あっせん案」を受け入れず労働トラブルの解消に協力しない場合には、労働局の手続きでは全くトラブルの解消されないことになります。
オ)労働局の「あっせん」の手続きには参加への強制力もない
また、労働局の紛争解決援助手続きのうち「あっせん」の手続きについては紛争当事者に手続きへの参加を強制することもできません。
つまり、労働者が労働トラブルの解決を図るため労働局に紛争解決援助手続きを申し込み、「あっせん」の手続きによる解決を求める申請を行って労働局の紛争調整委員会が「あっせん」の手続きを開始しても、使用者(雇い主)がその「あっせん」の手続きに参加して「あっせん」の話し合いに応じるか否かはもっぱら使用者(雇い主)の自由意思に委ねられることになります。
使用者(雇い主)側が「あっせんの手続きになんて応じるもんか!」と手続きへの参加を拒否する場合には「あっせん」の手続き自体が不調に終わることになりますので、労働局の紛争調整委員会による「あっせん」の手続きを利用するためには、労働トラブルの相手方となる使用者(雇い主)が手続きに参加してくれる程度に協力的であることが大前提となります。
労働局の紛争解決援助手続き(労働局の「助言」「指導」、紛争調整委員会の「あっせん」の手続き)はどのような労働トラブルの解決に適しているか?
以上のように、労働局の実施する紛争解決援助の手続は、あくまでも使用者(雇い主)側が労働局の「助言」や「指導」、「あっせん」に応じることが前提となりますので、使用者(雇い主)側が明確にトラブルの原因について争う姿勢を示していたり、悪質なブラック企業で労働局の指導等を無視することが明らかであるような場合は労働局の手続きで解決することはできないと考えた方がよいでしょう。
労働局の手続きについては、使用者(雇い主)側がある程度話し合いに応じる姿勢を示していて、労働局の提示する指導やあっせん案を受け入れる程度に常識的な会社であることが最低限必要となりますので、それに該当しない使用者(雇い主)が相手の場合は、最初から弁護士や司法書士に依頼して裁判を行う方がよいのではないかと思います。
労働局の紛争解決援助手続きの具体的な利用手順
労働局の紛争解決援助手続き(労働局の「助言」「指導」、紛争調整委員会の「あっせん」の手続き)を利用する場合は、最寄りの地方労働局の窓口で「個別労働関係紛争の解決援助の手続きを利用したい」あるいは「紛争調整委員会のあっせんの手続きを利用したい」と口頭で告知すれば、労働局の方で適宜手続きの実施にかかる手順を説明してもらえるのが通常です。
ただし、一部の地域では、労働基準監督署の窓口で労働局の紛争解決援助手続き(労働局の「助言」「指導」、紛争調整委員会の「あっせん」の手続き)の申請を受理しているところもありますので、居住する住所地の近くに地方労働局がない場合には最寄りの労働基準監督署で労働局の紛争解決援助の手続きが利用できるか確認してもらう方がよいと思います。
なお、労働局(あるいは一部の労働基準監督署)では、紛争解決援助の手続きの利用を申し出た労働者の「相談」を受けるだけで、「助言」や「指導」の手続きや「あっせん」の手続きを取らずに体よく追い返してしまうような労働局や監督署もあるようなので、手続きを申し込む場合は下記のような申立書を作成して「書面」という形で紛争解決援助の手続きの利用を求めることも考えたほうがよいかもしれません。
労働局に紛争解決援助の手続きを求める場合の申立書の記載例
○○ 労働局長 殿
個別労働関係紛争解決に関する援助申立書
(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第4条1項に基づく)
〇年〇月〇日
申立人 援助 太郎 ㊞
申立人(労働者)
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:援助 太郎
電 話:080-****-****
被申立人(事業主)
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:03-****-****
申立ての趣旨
申立人の同意のない出向命令を撤回し、申立人の従前の職場における継続的な勤務を認めるよう、事業主に対する助言、指導を求める。
申立ての理由
申立人は〇年〇月〇日、直属の上司であるから「△年△月△日以降、◆◆株式会社に出向してほしい」旨の告知を受けたが、申立人は出向には応じられない旨回答し、出向の打診を明確に拒否した。
しかし被申立人は、申立人に対し同月〇日付で◆◆株式会社への出向を命じる旨の辞令を通知し、申立人は△年△月△日以降◆◆株式会社に出向させられる状況に置かれている。
しかしながら、使用者が労働者の同意を得ずに出向を命じることができるのは「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」に限られるものと考えられており(労働契約法第14条)、この「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」とは使用者の出向命令権が労働契約の内容となっている場合を指すものと解されるところ(新日織事件:最高裁平成15年4月18日判決等参照)、被申立人の就業規則には出向を命じ得る具体的な規定はなく、申立人との個別の労働契約書においても出向命令権の根拠となる内容は存在しないから、被申立人の出向命令は「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」には当たらないといえる。
したがって、このような被申立人の出向命令は、労働契約法第14条および出向命令権の要件を判断した従来の判例解釈に違反する。
紛争の経過
申立人は被申立人から出向命令を受けた〇年〇月〇日以降、上司の○○に対して再三にわたって転籍には応じられないこと、および法的には出向命令権が労働契約の内容となっていない状況における出向命令は労働者の同意のない限り無効であることを説明してきたが、被申立人は現在に至るまで申立人を△年△月△日以降◆◆株式会社に出向させる命令を撤回していない。
以上
※赤字の部分は記載例の部分を分かりやすくするために着色にしているだけですので実際の申立書には黒色のペンを使用してください。
※なお、官公庁ではすべての書類をA4で統一していますのでプリントアウトの際は極力A4用紙を使用するようにしてください。
労働局の紛争解決援助の手続きを求める場所
先ほども触れましたが、労働局の紛争解決援助の手続き(労働局の「助言」「指導」、紛争調整委員会の「あっせん」の手続き)を利用する場合は、最寄りの地方労働局かもしくは労働基準監督署の窓口で申し込みを行う必要があります。
なお、全国の労働局と労働基準監督署の所在地は下記の厚生労働省のサイトで確認できます。