労働問題の裁判は弁護士と司法書士のどちらに依頼するべきか

勤務している会社(個人事業主も含む)で労働問題に関する被害に遭った場合、最終的には裁判を行って解決を図るしかないケースもあるのが現実です。

その場合、法律の専門家に依頼して裁判手続きを進めるのが一般的ですが、法律の専門家といっても日本には「弁護士」と「司法書士」の2つがありますので、実際に裁判を依頼する際に「弁護士」に依頼すればよいのか「司法書士」に依頼すればよいのか、一般の人には判断が付きかねる場合も多いと思います。

そこでここでは、労働トラブルの裁判を「弁護士」と「司法書士」のどちらに依頼すればよいのか、という点について考えてみることにいたしましょう。

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裁判手続における「弁護士」と「司法書士」の違い

労働問題の裁判を弁護士と司法書士のどちらに依頼すべきかを考える前提として、まず裁判事務を扱う弁護士と司法書士で具体的にどのような違いがあるのかという点を理解しておく必要があります。

(1)裁判手続きにおいて「弁護士」ができること

労働問題の裁判を「弁護士」に依頼した場合、依頼を受けた「弁護士」は裁判手続きにあらゆる行為を行うことができます(弁護士法第3条)。

【弁護士法第3条】
1項 弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によって、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とする。
2項 弁護士は、当然、弁理士及び税理士の事務を行うことができる。

弁護士には法律に関するありとあらゆる事務に関する依頼を受けて代理人として行動する権限が法律上認められていますから、労働問題の裁判においても一切の制限なく手続きを進めることができることになります。

(2)裁判手続きにおいて「司法書士」ができること

一方、司法書士の場合は法律によって一定の範囲に限って法律事務における権限が認められているにすぎませんので、弁護士のように全ての法律事務が行えるわけではありません。

ア)司法書士が「代理人」として裁判事務を行える範囲

司法書士は司法書士法という法律で「簡易裁判所」で行われる裁判においてのみ「代理権」が与えられています。

【司法書士法第3条1項】
司法書士は、この法律の定めるところにより、他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一~五(省略)
六 簡易裁判所における次に掲げる手続について代理すること。(但書省略)
(以下省略)

したがって「司法書士」は「簡易裁判所」で行われる裁判でしか依頼者の「代理人」として裁判を行うことができないということになりますので、「地方裁判所」や「高等裁判所」「最高裁判所」で行われる裁判については「司法書士」が「代理人」として裁判に関与することはできないということになります。

この点、簡易裁判所は訴額(裁判で請求する金額)が140万円を超えない事案を扱う裁判所となっていますので、司法書士に労働問題の裁判を依頼する場合には、労働問題に関して会社側に請求する金額が「140万円」を超えない範囲の事案しか「代理人裁判」を依頼できないということになります。

たとえば、未払いの賃金や残業代が「140万円」発生していてその「140万円」を会社に請求するという事案であれば、司法書士に裁判を依頼し司法書士に「代理人」となって裁判をしてもらうことができますので「弁護士」に依頼するのとほとんど変わりはありませんが、未払いになっている賃金や残業代が「140万円」を1円でもオーバーしているような事案では、司法書士に裁判を依頼しても「代理人」として裁判をしてもらうことができないということになります。

また、たとえば「解雇の無効」や「不当な配転命令の撤回」などの裁判では基本的に地方裁判所が第一審裁判所の管轄となりますので、そのような事案の裁判を「司法書士」に依頼する場合には「司法書士」に「代理人」となって裁判をしてもらうことはできないということになります(※つまり「解雇の無効」や「不当な配転命令の撤回」に関するトラブルを裁判で解決したいと希望する場合に「代理人」となって処理してもらいたい場合には「司法書士」ではなく「弁護士」に依頼しなければならないということになります)。

イ)司法書士が「書面作成者」として裁判事務を行うことができる範囲

「ア」で説明したように、「司法書士」は「簡易裁判所」においてしか「代理権」が与えられていませんので、「地方裁判所」や「高等裁判所」「最高裁判所」で行われる裁判については「司法書士」に裁判を依頼して「代理人」として処理してもらうことはできないということになります。

もっとも、だからといって「地方裁判所」や「高等裁判所」「最高裁判所」で行われる裁判を「司法書士」に依頼できないかというとそうでもありません。

なぜなら、司法書士には法律上、「裁判所に提出する書類の作成」を行う権限と、その書類の作成に関して「相談に応じる」権限が与えられているからです(司法書士法第3条1項4号及び5号)。

【司法書士法第3条1項】
司法書士は、この法律の定めるところにより、他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一~三(省略)
四 裁判所若しくは検察庁に提出する書類又は筆界特定の手続(中略)において法務局若しくは地方法務局に提出し若しくは提供する書類若しくは電磁的記録を作成すること。
五 前各号の事務について相談に応ずること。
(以下省略)

「地方裁判所」や「高等裁判所」「最高裁判所」で行われる裁判であっても「書類の作成」という形で「司法書士」が関与することは認められていますから、裁判所に提出する訴状や答弁書、準備書面などの「書類の作成」だけを司法書士に依頼し、自分で裁判所に出廷して裁判を進めるという形でも構わないというのであれば、「地方裁判所」や「高等裁判所」「最高裁判所」で行われる裁判を「司法書士」に依頼することもできるわけです。

このような裁判は一般に「本人訴訟」と呼ばれ、弁護士(又は簡易裁判所における司法書士)に依頼する場合の「代理人訴訟」と区別されますが、「本人訴訟」で裁判を進めても構わないというのであれば「司法書士」に依頼しても十分に解決が図れるということになります。

たとえば、先ほど挙げた「解雇の無効」や「不当な配転命令の撤回」の裁判は基本的に地方裁判所の管轄となるので「弁護士」に依頼するのが普通ですが、「本人訴訟」で申し立てを行い自分自身が裁判所に出廷しても構わないというのであれば「司法書士」に依頼しても問題ないわけです。

この場合、「司法書士」に依頼しても裁判所に提出する訴状や準備書面などは「裁判所に提出する書面の作成」に含まれる業務として「司法書士」がすべて行ってくれますし、裁判所における訴訟手続きで具体的にどのように発言すればよいかという点も「裁判所に提出する書面の作成に関する相談」という形で「司法書士」からサポートを受けることができますから、「本人訴訟」でも構わないというのであれば「弁護士」でなく「司法書士」に依頼しても問題なく訴訟手続きを行うことが可能といえます。

労働問題の裁判は「弁護士」に依頼するのが基本

以上のように、「弁護士」と「司法書士」では法律上与えられている裁判上の権限に大きな違いがありますが、結論から言うと労働問題の裁判については「弁護士」に依頼するのが基本になると思います。

なぜなら、先ほども述べたように「弁護士」は法律に関するあらゆる訴訟手続きを代理することができるため「司法書士」に依頼する場合と比較してその依頼できる事件に制限がないからです。

司法書士は法律上、「簡易裁判所」における裁判しか代理権が与えられていませんので「地方裁判所」や「高等裁判所」「最高裁判所」で審理される労働問題に関しては「司法書士」に依頼する限り「本人訴訟」で行うことが前提となってしまいます。

しかし、弁護士の場合はそのような制限がありませんので「弁護士」に依頼しておきさえすれば、そのような問題を心配することなく事件の処理を任せることが可能です。

ですから、労働問題に関しては「弁護士」に依頼するのが原則となる点をまず理解しておいた方がよいと思います。

労働問題の裁判が「司法書士」に適しているケースとは?

以上のように、労働問題の裁判については「弁護士」に依頼するのが基本と言えますが、司法書士に裁判を依頼するのが「一切おススメできない」というわけではありません。

なぜなら、労働トラブルの具体的な内容によっては司法書士に依頼しても弁護士に依頼する場合と変わらない解決結果が導かれるケースもありますし、案件によってはむしろ司法書士に依頼するのに適したケースもあるからです。

具体的には次のようなケースでは、司法書士に依頼しても良いと思いますし、むしろ弁護士よりも司法書士に依頼した方がよい場合もあると思います。

(1)請求金額が140万円以下で証拠がそろっているケース

会社に対して請求する金額が140万円以下で、かつその請求に係る証拠が揃っているような事案では、司法書士に依頼しても特段の問題は生じないと思います。

たとえば、未払い賃金や残業代の請求金額が140万円以下の案件を裁判で解決しようとする場合に、その裁判に関する証拠(タイムカードのコピーとか上司が残業を指示したメールとか)が確実に確保できているようなケースです。

このような事案では、証拠の存在によって原告側(労働者側)の請求が認められ勝訴することが確実ですし、裁判で負けた会社側が控訴して訴訟が地方裁判所に移行する可能性もほぼありません。

したがって、「司法書士」に裁判を依頼したとしても簡易裁判所における裁判でほぼ完結しますので「弁護士」に依頼しなければならない理由はないといえます。

このような案件では弁護士に依頼しても司法書士に依頼してもその差はほとんどありませんので、信頼できる司法書士がいるのであれば、その司法書士に依頼しても問題ないと思います。

(2)自分自身で積極的に裁判に関与することを希望する場合

裁判に自分自身が積極的に関与したい場合は、弁護士よりもむしろ司法書士に依頼する方がよいケースも多いと思います。

なぜなら、弁護士に依頼してしまうと全ての手続きを弁護士側で完結してしまうため依頼人本人が裁判に関与する場面が限られてしまうからです。

先ほど述べたように弁護士は裁判に関する権限に制限がありませんから、依頼を受けた弁護士は依頼人本人から事情を聴取するだけで、あとは依頼人の代理人となって裁判手続きの全てを完結してしまいます。

その結果、弁護士に依頼した場合は本人がほとんど何も関与することなく裁判は終了してしまうことになるわけです。

一方、司法書士に依頼した場合には、その事案が地方裁判所以上の管轄に属する事案である限り司法書士は「書面作成者」としてしか関与できませんから、地方裁判所以上の管轄事件に含まれる労働事件の裁判を司法書士に依頼した場合は、依頼人本人が裁判所に出廷し会社側の担当者(または会社が雇った弁護士)と法廷で対峙しなければなりません。

もちろんそれはそれで依頼人にとっては負担になるわけですが「自分自身で積極的に裁判に関与したい!」と希望する労働者にとってはそれがかえって都合の良い結果となります。

司法書士に依頼して「本人訴訟」で裁判を進めれば、裁判所で会社の担当者(あるいは会社が雇った弁護士)に対して裁判官が許す範囲で言いたいこと言えますし(※特に裁判官が訴訟上で和解を勧める場合は会社側と直接ラウンドテーブル等で話し合いができたりします)、裁判が原告(労働者側)に有利に進められれば会社側が苦しむ状況を肌で感じることができるからです。

ですから、もし仮に労働問題を抱えた労働者が「会社にギャフンと言わせたい!」とか「今まで嫌な思いをさせてきた経営者が苦しむ姿を見て胸がすく思いを体感したい」というのであれば、弁護士にすべて任せる「代理人訴訟」ではなく司法書士に訴状等の書面の作成だけを依頼する「本人訴訟」で処理する方が適しているといえます。

(3)労働審判を申し立てる場合

労働問題を「労働審判」の手続きを利用して解決しようとする場合は、司法書士に依頼しても弁護士に依頼しても、さほど結果は変わらないと思います。

なぜなら、労働問題の解決手段として「労働審判」の裁判を利用するのは、会社側が労働審判における「調停」に合意する可能性が高いか、あるいは裁判所の出す「審判」に異議を出さない蓋然性が高い事案に限られるのが通常だからです。

労働審判の手続きは、原則3回(3日)の期日で法廷で審理が行われ、まずその3回の期日で原告(労働者)と被告(雇い主)の間で「調停(当事者間で話し合いで合意を結ぶこと)」の話し合いが行われ、その「調停」が合意できない場合に裁判所が一定の結論を下す「審判」が出されて結審する手続きになります。

この「労働審判」の手続きでは、まず最初に裁判所の指示で「調停」が試みられますので、「調停」の話し合いに応じないような使用者(雇い主)が相手となる労働問題では、そもそも「労働審判」の手続きは利用せず、最初から通常訴訟の手続きを選択するのが普通です。

また、3回(3日)の期日で「調停」の合意が形成されない場合は最終的に裁判所が一定の結論となる「審判」を当事者に出しますが、その裁判所の出す「審判」に当事者の一方が不服の場合は「異議」を出して通常の訴訟手続きに移行させることが可能です。

ですから、裁判所の出す「審判」に異議を出すことがあらかじめ予想されるような、使用者(雇い主)側が明らかに争う姿勢を示しているような案件では「労働審判」の手続きを利用すること自体無駄ですから、そもそもそのような案件では最初から「労働審判」の手続きを利用せずに通常の訴訟手続きを利用するのが普通です。

このように、「労働審判」の手続きを利用するケースは、被告となる使用者(雇い主)がある程度協力的で使用者(雇い主)側に非があることを認めているような事案に限られますから、そのような事案であれば、弁護士に依頼せず司法書士に依頼して「本人訴訟」で労働審判を申し立てたとしても、結果的にはさほど違いはないことになります。

依頼を受けた弁護士が「この案件は労働審判で解決した方がいいな」と思うような案件は、司法書士に依頼して「本人訴訟」で労働審判を行っても、どのみち会社側は調停や審判に協力的なことが想定されるわけですから、弁護士に依頼しても司法書士に依頼しても、結果はほとんど変わらないといえます。

労働問題の裁判を「弁護士」と「司法書士」のどちらに依頼するべきか、のまとめ

以上のように、労働トラブルを裁判によって解決しようとする場合には、「弁護士」に依頼するのが基本となりますが、事案によっては「司法書士」に依頼しても「弁護士」に依頼するのと変わらないケースもありますし、むしろ「司法書士」に依頼する方が適しているケースもあるといえます。

なお、以上の説明を前提として、労働問題を「弁護士」に依頼するべきか「司法書士」に依頼するべきか、その結論を「弁護士に依頼した方がよい事案」「弁護士に依頼しても司法書士に依頼しても結論に差がない事案」「むしろ司法書士に依頼する方が良い事案」に分けてまとめると、次のようになります。

(1)労働問題の裁判を「弁護士」に依頼した方が良い事案

  • 裁判所に出廷したくない場合(本人訴訟をしたくない場合)
  • 全て「丸投げ」して弁護士の方で一切の処理を完結してほしい場合
  • 「解雇の無効」や「セクハラ・パワハラ・職場いじめの差し止め、慰謝料請求」、「不当な配置転換」「140万円を超える金額の未払い賃金、残業代請求」など、地方裁判所の管轄となるような事案について裁判をする場合で「本人訴訟」をしたくない場合
  • 裁判で勝訴しても使用者(雇い主)側が控訴(上告)してくることが予想できるほどに法律解釈等を争っている事案

(2)労働問題の裁判を「弁護士」に依頼しても「司法書士」に依頼してもさほど違いがない事案

  • 140万円を超えない金額の未払い賃金や未払い残業代の請求で証拠の確保が確実で勝訴する見込みが高い案件
  • 労働審判で解決可能な程度に使用者(雇い主)側が調停や審判に従うことが見込める案件

(3)労働問題の裁判をむしろ「司法書士」に依頼した方が良い事案

  • 自分自身で積極的に裁判に関与したい(本人訴訟で裁判に関与したい)と思っている場合

ただし、労働トラブルの解決に精通した弁護士または司法書士に依頼することが最も重要

このように、労働トラブルの解決に裁判を利用する場合には「弁護士」に依頼するか「司法書士」に依頼するか事案によって適宜選択する必要がありますが、最も重要なのはその依頼する弁護士なり司法書士なりが労働法や労働案件の判例に精通しているかという点です。

上記の説明に従えば、労働問題は基本的に「弁護士」に依頼するのが普通ですが、労働法に全く精通していない弁護士に依頼するよりも、労働法に精通した司法書士に依頼する方がより良い解決が図れるのは当然です。

労働トラブルに関する法律解釈は法律の条文だけの解釈だけでなく、判例理論や厚生労働省の指針などの知識もある程度必要になりますが、司法試験や司法書士試験では労働基準法や労働関係法令に関する問題は一切出題されませんので、世の中の弁護士や司法書士のすべてがそれに精通しているわけではなく、弁護士や司法書士によっては労働法の知識が全くない人も存在します。

そのような労働法の知識のない人に「弁護士だから」という理由だけで裁判を依頼するよりも、労働法にある程度精通している「司法書士」に裁判を依頼した方がより良い解決結果を得られるのは当然ですから、最終的にはその依頼する弁護士なり司法書士なりが労働法に精通しているかいないか、という点が最も重要になるわけです。

もっとも、そうはいっても労働法の知識がない一般の労働者がそこまで弁護士や司法書士の能力を判断できるわけでもないでしょうから、どこの弁護士(又は司法書士)に依頼するかは最終的にはその相談をする弁護士なり司法書士なりとのフィーリングで判断するしかないわですが、世の中には労働法への理解があまり深くない弁護士や司法書士も存在しているという点は心の奥に留めておいた方がよいのではないかと思います。