アルバイトやパート、契約社員などいわゆる非正規労働者として働く場合、会社との雇用契約は「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」として締結されるのが通常です。
「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」とは、文字通り契約期間が定められている雇用契約をいい、「〇年〇月から〇年〇月まで」というように就労できる期間が一定の期間に限定されて雇われる場合の契約がそれにあたります。
この「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で雇用されて働く場合、契約期間が満了すればその時点で契約が終了することになりますが、使用者(雇い主)が契約の更新を認めるというのであれば引き続きその会社で就労することは可能です。
つまり、使用者(雇い主)側が契約更新を認める場合には契約期間が満了するたびに更新を繰り返してあたかも「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」として働く正社員のように長期間働くこともできるわけです。
ところで、労働者がこの「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く場合において、ごく稀に使用者が労働者に対して「次の更新時は契約の更新を行わない」と告知し、労働者から時には同意書にサインを求めるなどして契約を更新しないことに関する合意を形成し、契約期間が満了した時点で”雇い止め”をするケースが見られます。
たとえば、1年の契約期間で働いている労働者が、働き始めて半年ほどたった時点で会社の上司から「次の契約更新はしないから…」と告知され「契約更新しないことに同意します」と記載された承諾書に署名押印を求められ、その有期労働契約の契約期間が満了する時点で契約の更新が受けられず”雇い止め”されるようなケースです。
では、このように有期労働契約の契約期間が満了するまでの間に、労働者が使用者との間で「契約を更新しないこと」について合意した場合、その労働者は契約期間が満了した時点で一切契約の更新を求めることができなくなってしまうのでしょうか?
「更新に関する合理的な期待」がある限り有期労働契約を更新できる
今述べたように、会社によっては「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」で働く労働者に対してその契約期間中に「次の契約期間満了時に契約を更新しないこと」を承諾させ同意書等にサインさせることで”雇い止め”を正当化する事例があるわけですが、結論から言うと、労働者が仮にそのような「契約更新しないこと」に同意を与えたケースがあったとしても、全てのケースで契約の更新が受けられなくなるわけではありません。
なぜなら、労働契約法という法律では、「契約の更新が受けられるという合理的な期待」が生じるような事情がある場合には、労働者の側で強制的に使用者(雇い主)に対して契約更新の承諾をさせることを認める規定を置いているからです。
先ほど述べたように、有期労働契約では契約期間が満了すれば雇用契約が終了し契約更新が受けられない限り退職しなければならないのが原則ですが、労働契約法の19条では「有期労働契約が過去に反復して更新された事実があり雇い止めが正社員の解雇と社会通念上同視できるような場合(労働契約法19条1号)」と、契約期間が満了するまでの期間に使用者(雇い主)から契約の更新がなされることを期待させる言動を受けているなど「契約期間の満了時に契約更新がなされるものと期待することについて合理的な理由がある場合(労働契約法19条2号)」の2つの場合で、労働者から使用者に対して「契約更新の申込み」をするか「契約締結の申込み」をすることを要件に、使用者に契約の更新への承諾を強制しています。
【労働契約法19条】
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
1号 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
2号 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
つまり、
「有期労働契約が過去に反復して更新された事実があり雇い止めが正社員の解雇と社会通念上同視できるような場合(労働契約法19条1号)」
と、契約期間が満了するまでの期間に使用者(雇い主)から契約の更新がなされることを期待させる言動を受けているなど
「契約期間の満了時に契約更新がなされるものと期待することについて合理的な理由がある場合(労働契約法19条2号)」
の2つの場合のいずれかに該当する事実がありさえすれば、労働者が使用者に対して契約の更新を強制させることが法律で認められているわけです。
ですから、仮に労働者が使用者(雇い主)との間で「契約更新しない」と合意した場合であっても、労働契約法19条1号または2号に規定された上記2つのいずれかの事実がある限り、契約の更新を強制させることができるということになります。
労働契約法19条に反する当事者間の合意は”無効”
このように、労働契約法19条では上記2つの事情があるケースで労働者から使用者に対して契約の更新に承諾することを強制できる旨規定されていますから、仮に有期労働契約で働く場合において使用者から「次回の契約更新をしないこと」について同意するよう求められ、それに合意した場合であっても、労働契約法19条1号または2号に該当するような「契約更新が受けられる合理的な期待」が生じている事実がある限り、労働者は使用者に対して契約の更新を強制させることが可能といえます。
この点、「労働者は契約期間が満了する前に”契約を更新しないこと”に合意してるんだから労働契約法19条で認められる権利を放棄したことになり労働契約法19条の適用は排除されるはずだ」と考える人がいるかもしれませんがそれは誤りです。
なぜなら、労働契約法19条の規定は”強行法規”と考えられており、労働契約法19条に反する当事者間の合意は全て無効と判断できるからです。
”強行法規”とは、”公共の福祉”や”公の秩序”などの観点から当事者間の合意によっても排除することができない絶対的な法律のことを言いますが、労働契約法19条の規定も「労働者の保護を図りつつ個別の労働関係の安定に資すること」がその目的とされていますので(労働契約法第1条)、それは憲法第25条の生存権を具現化する法律であり”公の秩序”を形成するための法律として”強行法規”と考えるべきでしょう。
【労働契約法1条】
この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。
【日本国憲法第25条】
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
そう考えなければ、使用者(雇い主)が労働者に「更新しないこと」の同意を求めることで容易に労働契約法19条の適用を排除することが可能になってしまい、「当事者間の合意があった」という既成事実を使用者(雇い主)が形成することで容易に労働契約法19条を排除することができてしまうからです。
「労働者が使用者(雇い主)の元で働く」という雇用契約(労働契約)では雇われる労働者はどうしても弱い立場に置かれてしまいますので、使用者(雇い主)から「次の契約更新はしない」旨の承諾書にサインを求められれば、それに反対して賃金の減額や即時解雇など不利益な処分を畏れて嫌とは言えないのが通常であり、有期労働契約で働くアルバイトやパート、契約社員などいわゆる非正規労働者として働く場合にはより一層その傾向は強くなります。
また、いったん「契約は更新しない」という合意を行ったとしても、労働者としては「頑張れば更新してもらえるかも」とか「人手不足になれば更新してもらえるはずだ」と考えるのが普通ですから、たとえ自分の意思で「次の契約更新はしない」という合意を結んでいたとしても、それが本当に労働者の自由な意思から表明される意思表示であったとは言えないはずです。
ですから、仮に労働者が「契約の更新は受けられない」ということにあらかじめ合意していた場合であっても、労働契約法19条1号または2号に該当するような「契約の更新が受けられるという合理的な期待」が生じている限り、そのような使用者との合意は強行法規に反する違法な合意として「無効」と判断できますから、そのような合意は無視して労働契約法19条1号または2号に該当する事実があることを理由に使用者に対して契約更新の承諾を強制することができるものと考えられるのです。
具体的には、たとえば過去に有期契約が反復継続して更新されていた事実があったり、上司から「頑張れば契約更新されると思うよ」とか「正社員じゃなくても10年でも20年でも働いてほしいから」などという言動を受けているようなケースでは、労働契約法19条1号または2号に該当する事実があったと判断できますから、そのようなケースではたとえ有期労働契約の契約期間が満了する前に使用者(雇い主)から「次の契約更新はしない」旨の同意書にサインを求められそれに署名押印していたとしても、その合意は無効と判断して労働契約法19条の適用を主張し会社に対して契約更新の承諾を強制できるものと考えられます。
「次の契約更新はしない」旨の合意を与えてしまった場合の対処法
以上で説明したように、労働契約法19条に規定されているように「有期労働契約が過去に反復して更新された事実があり雇い止めが正社員の解雇と社会通念上同視できるような場合(労働契約法19条1号)」か、もしくは契約期間が満了するまでの期間に使用者(雇い主)から契約の更新がなされることを期待させる言動を受けているなど「契約期間の満了時に契約更新がなされるものと期待することについて合理的な理由がある場合(労働契約法19条2号)」のいずれかの事実がいったん生じた場合には、たとえ使用者(雇い主)からの求めに応じて「次の契約更新はしない」旨の合意を行っている場合であっても、そのような合意は”強行法規”である労働契約法19条に違反するもので無効であると判断し、労働契約法19条の適用を主張して契約の更新を強制することができるものと解されます。
なお、このような法律解釈が可能であると考えても、人件費を少しでも抑制したい会社では有期労働契約で働く労働者に対して「契約更新しないこと」の合意を取り付けて半ば強引に”雇い止め”を実行するケースが見られますので、そのような会社では具体的に対処してそのようなトラブルを回避することが必要になります。
(1)「更新しない」旨の合意が無効であることを書面で通知する
会社から「次の契約更新はしない」旨の合意を求められた場合、安易にその同意を与えないことが最善の対処法となりますが、先ほども指摘したように雇用契約ではどうしても労働者は弱い立場にありますので、上司等から強引に同意を求められれば嫌といえないケースもあると思います。
そのため会社からの求めに応じて「次の契約更新はしない」旨の合意に同意を与えたことにより契約期間が満了した時点で使用者から雇い止めを受けてしまった場合の対処法が問題となりますが、そのような場合は使用者に対してその合意が無効であり労働契約法19条の適用がある点を記載した通知書を作成し、送付してみることを考えてもよいでしょう。
口頭で「無効だ」というだけでは会社も応じないことが多いですし、書面という形で抗議しておけばその書面をコピーして保存しておくことで将来的に裁判になった場合にそのコピーを証拠として提出することもできますから、可能であれば書面の形で無効を主張しておく方がよいと思います。
なお、その場合の文面は以下のようなもので差し支えないものと考えられます。
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
雇い止め無効確認通知書
私は、〇年〇月〇日、貴社との間で契約期間1年間の有期労働契約(期間の定めのある雇用契約)を締結し現在まで就労してきましたが、〇年〇月〇日、上司である◇◇から、契約期間が満了する〇月〇日をもって契約を解除する旨(いわゆる雇い止め)の告知を受けました。
この雇い止めについて貴社は、当該有期労働契約の期間中、私が、上司である◇◇からの求めに応じて、貴社が作成した「次の契約更新はしない」旨記載された同意書に署名捺印している事実があることから、貴社と私との間で契約不更新に関する合意が成立し契約の更新をしない合理的理由が存在すると考えておられるようです。
しかしながら私は、当該有期労働で就労している期間中、上司から「10年でも20年でも頑張って働いてほしい」「他の非正規社員もみんな更新してるから契約期間が満了した時点で雇い止めすることはないと思うよ」などという説明を受けていた事実がありますから、労働契約法19条2号にいう「有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由」が存在するもの労働契約法19条の適用があるものと考えております。
この点、貴社の求めに応じて私が行った「次の契約更新はしない」旨の合意の意思表示が問題となりますが、当該契約不更新の意思表示は、上司からの申入れを拒んだことを理由に賃金の減額や即時解雇など不利益な処分を受けることを畏れて行ったものであり、その自由な意思決定に基づいて本心から望んで行ったものではありませんし、また労働契約法19条は有期労働契約で働く労働者の保護を図りつつ個別の労働関係の安定に資することを目的とするものであり(労働契約法1条)、当事者間の合意で排除できない強行法規と解釈すべきものですから、そのような同意があったとしてもその同意は無効なものといえます。
従って、貴社が有期労働契約を更新せず、労働契約法19条の適用を排除し契約の更新を認めない行為は、同条を解釈を誤った違法な行為であり無効といえますから、当該有期労働契約が満了した場合には同条に基づき、従前と同一条件による労働契約が貴社との間に継続されるものであることを、本状によって確認し通知いたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
(2)その他の対処法
以上のような書面を送付しても会社側が雇い止めを撤回しなかったり、契約期間が満了した時点で雇い止めしようとしている場合には、労働者の側で具体的な行動をとって労働契約法19条の適用を主張し契約の更新を強制させる必要があります。
ただし、労働契約法19条では「有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある(労働契約法19条2号)」と認定できる事実が存在することに加えて、「契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込み」を行うか、または「契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込み」を行うことが要件となっていますので、雇い止めの通知を受ける前に「契約更新の申込み」を行うか、雇い止めを受けた後に遅滞なく「契約締結の申込み」を行う必要があります。
【労働契約法19条本文】
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
もっとも、この労働契約法19条本文の「契約の更新の申込み」「契約の締結の申込み」はいずれも要式行為ではないと解釈されていますので(厚生労働省通達:厚生労働省基発0810第2号「労働契約法の施行について」33~34頁参照)、単に雇い止めに反対する意思表示をするだけでも差し支えありません。
つまり、有期労働契約の最初の更新の際に契約の更新が受けられず雇い止めされた場合であっても、会社側との間に「契約の更新が受けられると期待する合理的な理由」がある場合には、単に雇い止めに反対する意思表示を行うだけで、労働契約法19条を適用して会社側に契約更新の承諾を強制させて引き続き勤務することができるということになります。
ただし、その「雇い止めに反対する意思表示を行った」事実の立証責任は雇い止めを受けた労働者の側にありますので、裁判になった場合は雇い止めを受けた労働者の側で「雇い止めに反対の意思表示を行った」ということを客観的証拠を提出して主張立証しなければならなくなります。
この点、具体的にどのような客観的証拠を証拠を確保しておけば「雇い止めに反対の意思表示を行った」ということを立証することができるかが問題となりますが、厚生労働省の通達では「訴訟の提起」や「紛争調整機関への申し立て」「団体交渉等によって使用者に直接または間接に伝えられたこと」などによって概括的に主張立証すれば足りると解釈されていますから(厚生労働省通達:厚生労働省基発0810第2号「労働契約法の施行について」33~34頁参照)、実際に最初の更新で雇い止めを受けた場合には以下の①~④のいずれかのうち最低でも一つの手続きを取って雇い止めに反対する意思表示を行っておくことが最低限必要になると思われます。
① 弁護士や司法書士に依頼して雇い止めの撤回を求める訴訟を裁判所に提起する。
② 労働局の紛争解決援助の申し立てを行い使用者に対して雇い止めの撤回を求める。
③ 都道府県の労働委員会や自治体の”あっせん”の手続きを利用して雇い止めの撤回を求める。
④ 労働組合に相談して組合から雇い止めの撤回に関する団体交渉を行ってもらう。
なお、上記の①~④の方法をとる場合には①~④の手続きを執り行う関係機関に相談ないし依頼する必要がありますが、その場合の具体的な手順等については以下のページを参考にしてください。
① 弁護士や司法書士に依頼して雇い止めの撤回を求める訴訟を裁判所に提起する場合
→ 弁護士・司法書士に依頼して裁判をする方法
② 労働局の紛争解決援助の申し立てを行い使用者に対して雇い止めの撤回を求める場合
→ 労働局の紛争解決援助手続を利用する方法
③ 都道府県の労働委員会や自治体の”あっせん”の手続を利用して雇い止めの撤回を求める場合
→ 都道府県自治体の相談・あっせんを利用する方法
→ 労働委員会の相談・あっせんを利用する方法
④ 労働組合に相談して組合から雇い止めの撤回に関する団体交渉を行ってもらう場合
→ 労働組合に解決を任せる方法