無理やり書かせられた退職届は取り消しできるか

スポンサーリンク

上司から無理やり退職届(退職願)を書かせられ、本人の意思にかかわらず退職を強要されてしまう事案が稀に見受けられます。

たとえば、会社で何らかのミスを犯したことを理由に懲戒解雇をほのめかされたものの上司から「懲戒解雇されたら再就職が難しくなる…」と言われ、将来的な就職で受ける不利益を避けるためという理由で懲戒解雇ではなく自主退職となるように自ら退職届(退職願)を作成して会社に差し入れるよう執拗に要求されるようなケースであったり、懲戒解雇事由がないにいもかかわらず「退職届を出さないと懲戒解雇にするぞ」と脅されて退職届(退職願)を書かせるようなケースが代表的です。

このような事案で会社の上司などから無理やり退職届(退職願)を書かせられて提出してしまった場合、その無理やり書かせられて提出した退職届(退職願)を撤回することがはできるのでしょうか?

スポンサーリンク

無理やり書かせられた退職届(退職願)は「強迫」を理由に取り消すことができる

結論から言うと、その「無理矢理」書かせられた状況にもよりますが、上司などから半ば強制的に提出することを求められて差し入れた退職届(退職願)は、基本的に「取り消す」ことができるものと考えられます。

なぜなら、そのように無理やり退職届(退職願)の提出を求められたような場合では、民法上の「強迫」による意思表示に該当するものと考えられ、そのような「強迫」に基づく意思表示は表意者の方で一方的に取り消すことが認められているからです(民法96条1項)。

【民法96条1項】
詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

具体的にどのような「無理やり」書かせられたケースが民法96条1項の「強迫」と判断されるかはケースバイケースで判断するしかありませんが、過去の裁判例では18歳の女性労働者を事業所の署長室に呼び出して、営業所長、副所長、労務係長の三人がその女性労働者が席につくやいなや隣室の庶務係にも聞こえるほどの大声で罵倒し、懲戒解雇事由に該当する事実が一切ないにもかかわらず懲戒処分をちらつかせて退職届(退職願)の提出を求めた事案で、その女性労働者が役職者らの強迫に畏怖して提出した退職届を民法96条1項による強迫による意思表示と認定し、当該女性労働者の退職の意思表示の取り消しを認めたものがあります(石見交通事件:松江地裁益田支部昭和44年11月18日労民20巻号1527頁)。

この裁判例(石見交通事件)では、使用者側の強迫行為によって半ば強引に退職届(退職願)を提出した事実があっても、それだけでは民法96条1項の「強迫」を理由に取り消すことができるわけではなく、その強迫行為によって行わせた意思表示が不当なものでなければ取り消すことはできないと判断されています

 「(前略)…ところで、右訴外人に前叙の程度の強迫行為があったとしても、それによって行なわせた意思表示が不当なものでなければ、これをもって直ちに違法な強迫行為ということはできず、したがって、これによってなさしめられた意思表示も取り消し得ないものと解するので…(後略)」

※出典:石見交通事件「松江地裁益田支部昭和44年11月18日判決」裁判所(www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/029/020029_hanrei.pdf)を基に作成。

ですから、この裁判例を参考にする限り、会社が単に「強迫行為」を行った事実だけでなく、その強迫行為によって会社が「”不当に”退職届(退職願)を提出させた」という事実がなければ強迫による取り消しが認められないケースもあるので注意が必要です。

ちなみに、この裁判例(石見交通事件)では、懲戒解雇事由に該当する事実が何ら存在していないにもかかわらず女性労働者に対して「懲戒処分事由がある」とほのめかして退職届を提出させた行為が「不当」と認定され、その「不当」な退職届の提出を役職者3人が密室でしかも大声で罵倒するなどの「強迫行為」によって得た事実が「違法」と判断されていますので、懲戒解雇事由に該当する事実が一切ないにもかかわらず、会社の役職者等から大声等の強迫行為によって退職届(退職願)の提出を迫られ、これに畏怖して退職届(退職願)を提出してしまった場合には、その退職の意思表示は民法96条1項の「強迫による意思表示」として取り消すことができると考えてよいと思います。

「(前略)…以上認定の事実によれば、原告Aには被告会社から解雇される正当な理由は何らないものというべく、かかる根拠のない事実にもとづいて被告会社が原告Aから雇傭契約解約の意思表示を得たことは明らかに不当であり、これを前叙のとおり強迫によって得たことはまさに違法であって、結局同原告が被告会社の代理人訴外Dに対してなした解約の意思表示は取り消しうべきものであるといわなければならない。…(後略)」

※出典:石見交通事件「松江地裁益田支部昭和44年11月18日判決」裁判所(www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/029/020029_hanrei.pdf)を基に作成。

もっとも、他の裁判例では長時間にわたる執拗な退職届(退職願)の提出の強要自体が民法96条1項の「強迫」にあたると認定され、労働者からの取り消しが認められた事案もありますので、会社側から「強迫行為」が長時間に渡ったり暴力行為を伴うなど、その強迫の度合いが強いケースでは、その「強迫行為」によって退職届(退職願)を提出させた行為が不当ではない場合でも民法96条1項の「強迫」による取り消しが認められる可能性もあります。

ですから、この裁判例(石見交通事件)で、仮に労働者に懲戒解雇事由が存在し、会社が労働者に退職届(退職願)の提出を求める行為自体が「不当でない」と判断された場合であっても、会社の行った「強迫行為」が長時間にわたる執拗なものであったり、暴行等を伴う悪質性の強いものである場合には、民法96条1項の「強迫による取り消し」が認められる可能性はあると思います(私見)ので注意してください。

無理矢理書かせられて提出した退職届(退職願)を取り消す方法

以上で説明したように、懲戒事由が存在しないにもかかわらず会社から「退職届(退職願)を提出しないと懲戒処分するぞ」などと懲戒処分をほのめかされて退職届(退職願)の提出を迫られたような場合や、長時間にわたる執拗な強要や暴行等を伴う形で退職届(退職願)の提出を強制された場合には、それによって提出した退職届(退職願)は民法96条1項の「強迫による意思表示」として労働者の方で一方的に取り消すことができるものと考えられます。

この点、実際にそのようなケースに遭遇した場合に具体的にどのような手順で「取り消し」を求めればよいかという点が問題となりますが、後で裁判等に発展する可能性も考慮して、客観的な証拠が残る書面という形で取り消しの意思表示をする方が無難でしょう。

その際に会社に送付する通知書の文面は以下のようなもので足りると思いますが、「配達された」という客観的な証拠が残るよう特定記録郵便などで送付するよう注意してください。


○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

退職届取消通知書

私は、〇年〇月〇日、貴社に対し、〇年〇月〇日付けで退職する旨記載した退職届を提出いたしました。

しかしながら、当該退職届は、◆◆(営業部長)、◇◇(人事部長)、及び他一名の貴社社員から長時間にわたって会議室に押しとどめられ、執拗に提出することを強要された結果、それに畏怖して差し入れたものでございます。

したがって、当該退職届による退職の意思表示は民法96条の強迫にあたり、取り消しうべき意思表示となりますから、当該退職届によって行った退職の意思表示は、本通知書によって取り消しいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞


「退職願」を提出した場合は記載例の「退職届」の部分を「退職願」に置き換えてください。
会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておくこと。

会社が無理矢理書かせた退職届(退職願)について強迫による取り消しを認めない場合の対処法

以上のように、会社側の強迫によって行った退職の意思表示は民法96条1項の「強迫」を理由に取り消すことが可能ですが、上記のような取消通知書等をもって会社に取り消しを申し入れても会社側が取り消しを容認しないケースがあります。

そのような場合は、労働局に紛争解決援助の申し立てを行ったり、自治体や労働委員会の”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士や司法書士に依頼して裁判を行うなどして、従業員としての地位確認や退職しなければ受け取ることができたであろう退職日以降の賃金その他の慰謝料請求など、具体的な権利実現のための手続きを取る必要があります。

その場合の具体的な相談先はこちらのページでまとめていますので参考にしてください。

▶ 労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

なお、会社が強迫を用いて退職を強要した今回のような問題に関して労働基準監督署に相談して解決することができるかという点が問題となりますが、労働基準監督署は基本的に労働基準法に違反する使用者を監督する機関であって、会社が強迫を用いて労働者を退職に追い込む行為は労働基準法に違反する行為にはあたりませんから、このような問題については労働基準監督署では具体的な対処を取らないものと考えられます。

(これまで説明したように、使用者が強迫を用いて労働者に退職届(退職願)等の提出を強要する行為は違法なのですが、それは労働基準法に違反する行為ではなくあくまでも一般法である民法等に違反して違法ということになりますので、労働基準法違反を監督する労働基準監督署の管轄外の行為として監督署では相談を受け付けないと思われます)

ですから、この問題に関しては『労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは』のページで紹介した相談先のうち、労働基準監督署以外の機関への相談を検討する方がよいと思います。