介護/産育休/有給休暇取得を理由に賃上げ対象から除外された場合

(1)労働法の権利を行使しただけに過ぎない労働者を賃上げ対象から除外することの違法性を「書面」で指摘してみる

「賃金引上げ対象者から前年の稼働率が〇%以下の者を除外する」旨の就業規則や労働協約などの規定があることを根拠に、産休や育休・介護休業あるいは労働災害による休業や通常の有給休暇を取得して稼働率がその〇%に満たないことを理由にして賃上げ対象から除外されて不利益を受けている場合には、その取扱いが公序に反して無効となる旨を指摘した通知書を作成し会社に送付してみるというのも対処法の一つとして有効と考えられます。

前述したように、そうした規定を根拠に賃上げ対象から除外することは最高裁の判例でも無効と判断されていますので違法性の余地があるものと言えますが、かかる問題を考えずそうした取り扱いをしている会社はそもそも法令遵守意識が低いので口頭でいくら「無効な賃上げ対象からの除外を撤回しろ」と抗議したところでそれが受け入れられる期待は持てません。

しかし「書面」の形で正式に抗議すれば、将来的な裁判への発展などを警戒して話し合いや撤回に応じることもあるかもしれませんので、とりあえず通知書などを作成して郵送してみるというのも対処法の一つとして有効なケースがあると考えられるのです。

なお、この場合に送付する書面の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

賃上げ対象からの除外の撤回求める申入書

私は、貴社の判断によって当年度の賃上げ対象からの除外され、本年度の賃金が前年度と同じ金額に据え置かれております。

この賃上げ対象からの除外について貴社に確認したところ、私が昨年度において介護休業のため〇日間の休業を取得したことから稼働率が80%を下回った事実があることによって「賃金引上げ対象者から前年の稼働率が80%以下の者を除外する」旨の社内規定に抵触することから本年度の賃上げ対象から除外した旨の説明を受けました。

しかしながら、介護に限らず産休・育休、労災による休業や有給休暇等の休業は労働基準法やその他の労働法(例えば育児介護休業法など)によって労働者に保障された労働法上の権利でありますから、かかる労働法上の権利を行使したに過ぎない労働者に対して賃金に不利益な取り扱いをすることは、労働法上によって保障された権利行使を抑制することにつながり労働法が休業等を労働者に保障した趣旨を失わせることなりますから公序に反して無効となるものと考えられます(日本シェーリング事件:最高裁平成元年12月14日判決に同旨)。

したがって、貴社が「賃金引上げ対象者から前年の稼働率が80%以下の者を除外する」旨の社内規定に抵触するものとして介護休業を取得したに過ぎない私を賃上げ対象から除外した取り扱いは無効ですから、直ちにその取扱いを撤回するとともに、私の賃金を他の従業員と同様に引き上げるよう申し入れいたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※実際に郵送する場合は会社に到達した事実を証拠として残しておけるように配達記録の残る特定記録郵便などの郵送方法を利用して送付してください。

(2)労働局の紛争解決援助の手続きを利用してみる

産休や育休・介護休業あるいは労働災害による休業や通常の有給休暇などを取得した労働者が、その休業期間が「賃金引上げ対象者から前年の稼働率が〇%以下の者を除外する」旨の社内規定に抵触することを理由に賃上げ対象から除外された場合には、その事実を労働局に相談して労働局の主催する紛争解決援助の手続きを利用してみるというのも対処法の一つとして考えられます。

労働局では労働者と事業主との間で紛争が発生した場合にその紛争を解決するための紛争解決援助の手続きを用意していますが、こうした労働法上の権利を行使しただけに過ぎない労働者が賃上げ対象から除外されたようなケースのトラブルもこの労働局の手続きの対象となりますので、この紛争解決援助の手続きを利用して解決を図ることが可能です。

この労働局の紛争解決援助の手続きには法的な強制力がありませんので、会社側が手続きに応じない場合には解決は望めませんが、会社側が手続きに応じるケースでは労働局から出される助言や指導、あっせん案などに会社が従うことで公序に反する取り扱いが撤回され、他の労働者と同様に賃上げ対象にされることも期待できます。

そのためこうしたケースでも、とりあえず労働局に相談して紛争解決援助の手続きを利用できないか検討してみるというのも対処法として有効な場合があると考えられるのです。

なお、労働局の手続きについては『労働局の紛争解決援助(助言・指導・あっせん)手続の利用手順』のページで詳しく解説しています。

(3)弁護士に相談して裁判を行う

労働局の手続きなど自分が会社側と協議することに抵抗がある場合には、弁護士に相談して示談交渉や訴訟手続きでその撤回を求めることを考えてもよいかもしれません。

また、弁護士の手を借りない場合であっても、法律に詳しくない素人が下手に交渉するとかえって不利になるケースもありますので、賃上げ対象から除外された時点でとりあえず弁護士等に相談して適切な対処の助言を受けておいてもよいでしょう。

なお、弁護士等に相談する場合の詳細は『弁護士・司法書士に依頼して裁判をする方法』のページで詳しく解説しています。

(4)その他の対処法

これら以外の方法としては、各自治体の提供する相談やあっせん手続きを利用したり、各地方の労働委員会が主催するあっせん手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会などが提供するADR手続きを利用したりする方法が考えられます。

なお、それら他の手続きについては『労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは』のページでまとめていますので参考にしてください。