B)採用延期が天災事変など不可抗力によるものである場合
一方、前述の「ウ」で説明したように、採用延期が天災事変など不可抗力を理由とするものである場合には、労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」についても「ない」と判断されることになりますので、この場合には民法第536条2項に基づいて「賃金(給料)」の支払いを求めることができないだけでなく、労働基準法第26条に基づいて「平均賃金の6割」の「休業手当」の支払いを求めることもできないということになります。
ですから、たとえば前述の「ウ」で説明したような、地震や台風、大雨や土砂崩れなどの直接的な被害を受けて会社が休業したり、ウイルス感染症の感染拡大で国や自治体から休業を指示されて会社が休業するようなケースで採用延期が行われた場合には、民法第536条2項の「責めに帰すべき事由」だけでなく労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」も「ない」と判断されることになり、その延期された期間中の「賃金(給料)」だけでなく「平均賃金の6割」の「休業手当」の支払いを求めることもできないものと考えられます。
個別の労働契約や就業規則、労働協約等に別段の定めがあればそれに従う
採用延期が行われた場合に採用延期期間中の「賃金(給料)」または「休業手当」の支払いを求めることができるか否かは以上のような基準で判断できるものと考えられますが、個別の労働契約(雇用契約)や就業規則、労働協約などで別段の合意がなされている場合には、その基準に従うことになります。
たとえば、前述の「ア」のように採用延期がもっぱら会社側の都合によるものである場合には採用延期期間中の「賃金の全額」の支払いを求めることができますが、この場合であっても雇用契約書(労働条件通知書)や会社の就業規則、労働協約などに
「会社の都合による休業の場合は平均賃金の6割の休業手当を支給する」
などと規定されている場合には、労使間においてその基準で合意が形成されていることになりますので、採用が延期された新入社員はその延期期間中の「賃金(給料)の全額」ではなく「平均賃金の6割」の「休業手当」しか請求することはできません。
また、前述の「A」のように会社側の都合によらない採用延期であっても天災事変など不可抗力を理由とするものでないことから労働基準法第26条の「責めに帰すべき事由」が「ある」と判断される場合には、採用延期期間中の「平均賃金の6割」の「休業手当」の支払いを求めることができますが、雇用契約書(労働条件通知書)や会社の就業規則、労働協約などに
「会社の都合によらない休業の場合は平均賃金の7割の休業手当を支給する」
などと規定されている場合には、労使間でその基準による休業手当の支払いが合意されていることになりますので、採用が延期された新入社員はその延期期間中の「平均賃金の7割」の「休業手当」の支払いを求めることができるということになります。
もっとも、これらの場合であっても労働基準法第26条基準を下回ることは労働基準法違反となりますので、個別の労働契約(雇用契約)や就業規則、労働協約等で「平均賃金の6割」を下回る基準の合意をすることは許されません。
ですから、仮にこれらのケースで雇用契約書(労働条件通知書)や就業規則、労働協約等に
「会社の都合による休業の場合は平均賃金の5割の休業手当を支給する」
とか
「会社の都合によらない休業の場合は平均賃金の5割の休業手当を支給する」
などと規定されていたとしても、労働基準法第26条の「平均賃金の6割」を下回る部分は無効と判断されることになりますので、こうした規定がある場合であっても採用が延期された新入社員は延期期間中の「平均賃金の6割」の休業手当の支払いを求めることができるということになります。
なお、前述の「エ」や「B」では天災事変など不可抗力を理由とする採用延期の場合には民法第536条2項に基づいて「賃金(給料)」の支払いを求めることも労働基準法第26条に基づいて「休業手当」の支払いを求めることができないと解説しましたが、この場合であっても個別の労働契約(雇用契約)や就業規則、労働協約などで別段の定めがあればそれに従うことになりますので、たとえば雇用契約書(労働条件通知書)や就業規則、労働協約などに
「天災事変など不可抗力を理由とする休業の場合であっても平均賃金の6割の休業手当を支給する」
などと規定されていれば、その「平均賃金の6割」の「休業手当」の支払いを求めることが可能です。
なお、これらの書類を確認する方法については以下のページで詳しく解説しています。
- 雇用契約書(労働契約書)
→雇用契約書または労働条件通知書を作ってくれない会社の対処法 - 労働条件通知書
→雇用契約書または労働条件通知書を作ってくれない会社の対処法 - 就業規則
→会社に就業規則があるかないか確認する方法
→就業規則を見せてくれない会社で就業規則の内容を確認する方法 - 労働協約
→会社の労働組合で確認する - その他会社との間で取り交わした合意書(承諾書や誓約書も含む)
→その書面の控え等で確認する
採用延期の場合に延期期間中の「賃金(給料)」の支払いを求めることができるか(まとめ)
以上をまとめると以下のようになります。
採用延期の場合に延期期間中の「賃金(給料)」の支払いを請求できるか
【採用延期が会社側の都合による場合】
原則→延期期間中の「賃金(給料)の全額」の請求ができる
例外→個別の労働契約や就業規則・労働協約等に「平均賃金の〇割の休業手当を支払う」旨の規定があるときは「平均賃金の〇割」の休業手当しか請求できない(※〇の部分は最低でも6割以上)
【採用延期が会社側の都合によらない場合】
原則→延期期間中の「平均賃金の6割」の「休業手当」の請求ができる。
例外→個別の労働契約や就業規則・労働協約等に「平均賃金の〇割の休業手当を支払う」旨の規定があるときはその割合の休業手当を請求できる(※〇の部分は最低でも6割以上)
【採用延期が天災事変など不可抗力を理由とする場合】
原則→「賃金(給料)」も「休業手当」も請求できない
例外①→天災事変など不可抗力の事情があっても会社が独自の判断で採用延期した場合は延期期間中の「賃金(給料)の全額」の請求ができる。
例外②→例外①の場合において個別の労働契約や就業規則、労働協約等に「平均賃金の〇割の休業手当を支払う」旨の規定があるときはその割合の休業手当を請求できるにとどまる(※〇の部分は最低でも6割以上)。
採用延期期間中の賃金(給料)や休業手当の支払いがなされない場合の対処法
なお、採用延期期間中の賃金(給料)や休業手当の支払いがなされない場合の具体的な対処法については『採用延期期間中の給料や休業手当が支払われない場合の対処法』のページで詳しく解説しています。