使用者(雇い主)が労働者を雇い入れる場合、その労働者に提示する労働条件を明示して労働者の理解を得ることが労働基準法で義務付けられています(労働基準法15条1項)。
【労働基準法15条1項】
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
また、その労働者に対して明示すべき事項の一部については、書面に記載したうえでその「書面を交付」する方法によって労働者に明示することも厚生労働省令(施行規則)で義務付けられています(労働基準法施行規則5条)。
【労働基準法施行規則5条】
第1項 使用者が法第15条第1項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。(但書省略)。
1号~11号(省略)
第2項 法第15条第1項後段の厚生労働省令で定める事項は、前項第1号から第4号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)とする。
第3項 法第15条第1項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。
この労働者を雇い入れた場合に「書面の交付」によって明示することが義務付けられる事項が具体的にどのような事項になるのかという点については『雇用契約書・労働条件通知書に記載されるべき16の事項とは』のページで詳しく解説していますのでそちらに譲りますが、いずれにせよ、使用者(雇い主)が労働者を雇い入れた場合には「書面の交付」という方法をもって労働者に労働条件を明示する義務があるということになります。
ところで、このようにして使用者(雇い主)が労働者に対して「書面を交付」する方法によって労働条件を明示する場合、「雇用契約書(労働契約書)」を交付する会社と「労働条件通知書」の2種類が存在します。
では、その「雇用契約書(労働契約書)」と「労働条件通知書」とでは、具体的に何がどう違うのでしょうか?
雇用契約書(労働契約書)と労働条件通知書は何がどう違うか
このように、労働条件の明示については「雇用契約書(労働契約書)」を交付する会社と「労働条件通知書」を交付する会社の2種類が存在するわけですが、結論から言うと、「雇用契約書(労働契約書)」も「労働条件通知書」もその意味するところは同じです。
法的には、この「雇用契約書(労働契約書)」も「労働条件通知書」も「労働基準法15条及び同法施行規則5条3項で交付が義務付けられた書面」として交付されますので、その本質はどちらも変わりありません。
もっとも、「雇用契約書(労働契約書)」と「労働条件通知書」では、その作成主体が異なりますので、その内容も若干異なる点があります。
(1)雇用契約書(労働契約書)とは
雇用契約書とは、使用者(雇い主)と労働者が雇用契約について合意した労働条件を双方が確認する意味で作成する契約書のことをいい、会社によっては「労働契約書」と表題していることもあります。
労働者が面接を受けて採用された場合、使用者(雇い主)との間で「賃金をいくらにするか」「就業時間を何時から何時までにするか」「有給は何日支給されるか」など、細かい労働条件を双方の話し合いで合意して確定しますが、その双方が合意した労働条件を証拠として残しておくために作成するのが雇用契約書(労働契約書)になります。
雇用契約(労働契約)も「契約」である以上、その契約内容に齟齬が生じないように契約内容を証拠として保存しておく必要がありますから、売買契約の場合における売買契約書、賃貸契約の場合における賃貸借契約書などと同じように「契約書」を作成するのです。
ですから、雇用契約書(労働契約書)の場合は当然、以下の記載例のように使用者(雇い主)と労働者の双方の記名押印(署名捺印)が押印されることになります。
【雇用契約書の記載例】
雇用契約書
甲及び乙は以下について合意した。
- 第1条 賃金は〇円とする。
- 第2条 就業期間は……
- ……
甲及び乙は以上を約したうえで甲乙双方が各一通ずつ保管する。
甲
株式会社○○
代表取締役 ○○ ○○ ㊞
乙
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号
労働 太郎 ㊞
このように、使用者(雇い主)と労働者が共同で1つの契約書を作成する点が雇用契約書(労働契約書)の特徴となり、後述する労働条件通知書と異なる点といえます。
なお、雇用契約書(労働契約書)に記載されている労働条件の内容については、使用者(雇い主)と労働者の双方が合意したうえで記名押印(署名捺印)していますので、当然その労働条件の内容は使用者(雇い主)と労働者を拘束することになります。
ですから、その雇用契約書(労働契約書)に記載された労働条件が満たされない場合には、その雇用契約書(労働契約書)を根拠にして「契約違反」の責任を相手方に求めることができます。
(2)労働条件通知書とは
一方、労働条件通知書は、使用者(雇い主)がその雇い入れた労働者に対して、両者の間で合意した労働条件を「通知」する書面です。
労働条件通知書は文字通り「通知書」になりますから、使用者(雇い主)が単独で作成し、労働者に「差し入れる」書面となります。
その記載内容は、雇用契約書(労働契約書)の場合と同じように面接の際に労働者に対して告知した労働契約の内容が記載されている点で変わりありませんが、雇用契約書(労働契約書)のように労働者の記名捺印(署名押印)が入らない点が異なります。
また、あくまでも使用者(雇い主)が労働者に「差し入れる」通知書になりますので、名宛人が労働者として記載され、通知人が使用者(雇い主)となる点も前述した雇用契約書(労働契約書)と異なる点といえます。
【労働条件通知書の記載例】
労働太郎 殿
株式会社○○
代表取締役 ○○ ○○
- 賃金 賃金は〇円とする。
- 契約期間 契約期間は……
- ……
以上のほかは、当社就業規則の規定による。
このように、労働条件通知書はあくまでも使用者(雇い主)が単独で作成し労働者に「通知」する書面ですので、その記載された労働条件の内容はあくまでも使用者(雇い主)が独自の文言で記載することになります。
もっとも、その記載される労働条件は、面接の際に説明された内容に沿って記載されますので、使用者(雇い主)が一方的に「通知」する書面であっても、その会社で就労を開始する労働者はその労働条件通知書に記載された労働条件に拘束されるのが原則です。
この点、面接の際に説明を受けた内容と異なる労働条件が労働条件通知書に記載された労働条件と異なる場合が問題となりますが、その場合は「面接で明示された労働条件が事実と相違する」ということになりますので、会社と話し合って労働条件通知書の内容を書き換えてもらうか、それができない場合は即時に雇用契約を解除して退職するかしなければならないでしょう。
なお、正社員など「期間の定めのない雇用契約(無期労働契約)」として入社した労働者が退職する場合は2週間の猶予期間が経過するまで、アルバイトや契約社員など「期間の定めのある雇用契約(有期労働契約)」として入社した労働者が退職する場合は契約期間が満了するまで退職することは原則として認められず、その前に退職してしまうと契約違反の責任を問われる可能性がありますが、面接時の説明と労働条件通知書に記載された労働条件が異なる場合は、そのような原則は無視して一方的に即日に雇用契約(労働契約)を解除して退職することができます(労働基準法15条2項)。
【労働基準法15条2項】
前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
雇用契約書(労働契約書)または労働条件通知書を受け取ったときの注意点
以上で説明したように、雇用契約書(労働契約書)と労働条件通知書とでは、前者が使用者(雇い主)と労働者の双方が協同して作成するものである一方、後者が使用者(雇い主)が単独で作成する点で違いがありますが、その書面に記載される内容は双方が合意した労働条件が記載されているという点では法的に変わりありません。
そこに記載されている労働条件が労使双方を拘束するという点では雇用契約書(労働契約書)も労働条件通知書も変わりがないという点は留意しておく必要があるでしょう。
また、先ほども述べたように、面接で説明を受けた内容と異なる労働条件が雇用契約書(労働契約書)または労働条件通知書に記載されてしまうケースも少なからずありますので、新しい職場に就職した際は、使用者(雇い主)から交付される雇用契約書(労働契約書)または労働条件通知書の記載事項を隅から隅まで目を通し、求人票に記載されていた内容や面接の際に説明を受けた内容と相違する点がないか十分に確認する必要があるといえます。