制服や作業着への着替えの時間や安全器具の着脱を労働者に義務付けながら、その行為や着脱の時間を実労働時間に参入せず、その時間の賃金(給料)を支払わない会社(個人事業主も含む)が多くあります。
たとえば、就業時間を09:00~17:00までとする会社(個人事業主も含む)が勤務中に制服や作業着の着用を義務付けておきながら「始業開始の09:00までに制服(作業着)に着替えて(又は安全器具を装着して)始業時間の09:00からすぐに仕事に取り掛かれるようにしておけ」などと指示して制服や作業着、安全器具への更衣や着脱の時間を実労働時間にカウントせずその時間の賃金(給料)を支払わないようなケースです。
しかし、制服や作業着あるいは安全器具の着用や装着を義務付けているのであればその更衣・着脱の時間も使用者(個人事業主も含む)の管理下に置かれているということになりますから、その時間も実労働時間に参入して賃金(給料)を支払うべきとも思えます。
では、こうした制服や作業着への更衣または安全器具の着脱等の時間を実労働時間に参入しないでその時間の賃金(給料)を支払わない使用者(個人事業主も含む)の態様は問題ないのでしょうか。
また、そうした制服や作業着への更衣や安全器具の着脱のための時間が実労働時間に参入されずにその時間の賃金(給料)が支払われない場合、労働者はどのように対処すればその時間の賃金(給料)を支払わせることができるのでしょうか。
制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間も実労働時間として賃金(給料)の支払いが義務付けられるのが基本
このように、使用者(個人事業主も含む)によっては制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間を実労働時間に参入せず、その更衣や着脱等の時間について賃金(給料)を支払わないところがあるわけですが、こうした取り扱いは基本的に違法(労働基準法違反)です。
なぜなら、最高裁の判例(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日判決|裁判所判例検索)では「労働者が使用者(個人事業主も含む)の指揮命令下に置かれている時間」が実労働時間になるとしたうえで、その労働時間に該当するか否かは就業規則や労働協約などの定め如何にかかわらず「労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かによって客観的に定まる」 と判示されているからです。
労働基準法(中略)32条の労働時間(中略)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。
※出典: 最高裁平成12年3月9日判決|裁判所判例検索 より引用
制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等が使用者(個人事業主も含む)によって義務付けられているのであれば、その更衣や着脱等の時価も当然その使用者の「指揮命令下に置かれていた」ということになりますから、仮に就業規則等で「更衣や着脱等の時間は実労働時間に含まれない」とか「始業開始までに制服(又は作業着)に更衣し安全器具を着脱すること」などの定めがあったとしても、事実上「客観的に」その使用者の指揮命令下に置かれていたことに変わりありませんので、その時間は実労働時間に算入されなければなりません。
そして労働者と使用者と間で結ばれる労働契約(雇用契約)は使用者から提供された労務に対して労働者が労働力を提供し、その提供された労働力の時間に応じて賃金(給料)を支払う契約であって、労働基準法はその賃金の「全額」を支払うことを第24条で義務付けていますから、制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間を実労働時間に参入せずにその時間の賃金(給料)を支払わないという態様は賃金の一部を支払っていないことになるので、その労基法第24条の賃金の「全額払い」の原則に違反することになります。
【労働基準法第24条】
第1項 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
第2項 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
ですから、制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等が使用者(個人事業主も含む)から義務付けられているにもかかわらず、その時間の賃金(給料)を支払わない使用者は、労働基準法違反の状態にあると言えるのです。
作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間が実労働時間に算入されずその時間の賃金(給料)を支払われない場合の対処法
以上で説明したように、制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等が使用者(個人事業主も含む)によって義務付けられているにもかかわらず、その時間が労働時間に含まれずその時間の賃金(給料)が支払われない場合には、その取扱いが労働基準法に違反することを指摘してその時間の賃金(給料)を支払わせることが可能です。
もっとも、実際に労働者がそうした制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間が実労働時間に算入されない取り扱いを受けている場合には、労働者の側で何らかの対処を取らなければその時間の賃金(給料)を支払ってもらうことはできませんので、そのとりうる対処法が問題となります。
(1)制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間が実労働時間に算入しない取扱いが労働基準法に違反することを書面で指摘してみる
制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間が実労働時間に算入されずその時間の賃金(給料)を支払ってもらえない場合には、それが最高裁判例(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日判決)に反して「賃金全額払いの原則(労働基準法第24条)」に違反することを指摘する通知書等を作成して「書面」の形で会社(個人事業主も含む)に郵送してみるというのも対処法の一つとして有効です。
前述したように、制服や作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間は使用者(個人事業主も含む)の「指揮命令下に置かれていた」ということになり実労働時間に算入して賃金(給料)支払いの対象とするのが最高裁判例の考え方となりますから、そうした最高裁判例の見解を無視してその更衣や着脱等の時間を実労働時間に参入させない使用者はそもそも法令遵守意識が低いと思われますので、そうした会社(個人事業主も含む)にいくら口頭で「違法な取り扱いを改善しろ」と指摘したところで会社側が応じることは望めません。
しかし改めて「書面」の形でその違法性を指摘すれば、将来的な監督官庁への相談や訴訟手続きなどへの発展を警戒して話し合いに応じたり違法な取り扱いを改善することも期待できますから、とりあえず「書面」でその違法性を指摘してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があると考えられるのです。
なお、この場合に使用者に送付する通知書等の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。
○○株式会社
代表取締役 ○○ ○○ 殿
制服等の更衣着脱等の時間にかかる賃金の支払い申入書
私は、〇年〇月に貴社に入社し、○○工場で○○作業員として勤務しておりますが、入社以来、作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間が実労働時間に算入されず、当該時間の賃金(給料)の支払いをおりません。
しかしながら、最高裁の判例(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁平成12年3月9日判決)は労働基準法第32条の労働時間について「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」と判示していますから、たとえ作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間であっても、それが使用者によって義務付けられる場合には使用者の「指揮命令下に置かれていた」ということになりますので実労働時間に算入されなければなりません。
この点、貴社は○○工場に勤務する従業員に対して作業着への着替えや安全器具の装着を義務付けていますからその更衣や着脱等の時間は「指揮命令下に置かれていた」時間ということになりますので、貴社にはその更衣や着脱等の時間を賃金算定の基礎となる実労働時間に算入し、その時間について賃金を支払わなければなりません。
したがって、当該更衣や着脱等の時間を実労働時間に参入せず、当該時間について賃金を支払っていない貴社の態様は、賃金全額の支払いを義務付けた労働基準法第24条に違反する明らかに違法ですから、直ちに作業着への着替えや安全器具の着脱等の時間を実労働時間に参入して当該時間にかかる賃金を支払うようにするとともに、これまでに未払いとしてきた当該更衣や着脱等の時間の賃金についても速やかにその全額を支払うよう申し入れいたします。
以上
〇年〇月〇日
〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○マンション〇号室
○○ ○○ ㊞
※なお、実際に書面を送付する場合は会社(個人事業主も含む)に到達したことを客観的に証明するためにコピーを取ったうえで特定記録郵便など記録の残る郵便方法で送付してください。