採用面接で愛読書や購読新聞を聞かれたら採用差別を指摘できるか

採用面接で愛読書や購読新聞を聞いてくる面接官や人事担当者がごく稀にいるようです。

しかし、愛読書や購読新聞はその人の思想や尋常にもかかわる媒体ですから、それを採用基準とすることは個人の思想に立ち入ることになりますし、本人の思想信条を理由に採否を判断すること自体に差別性があるようにも思えます。

では、このように採用面接において企業側が愛読書や購読新聞を尋ねる行為は許されるものなのでしょうか。

また、実際の採用面接の場で愛読書や購読新聞に関する質問を受けた場合、どのように対処することができるのでしょうか。

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採用面接における「愛読書」や「購読新聞」の質問は採用差別(就職差別)につながる

このように、採用面接の際に愛読書や購読新聞聞いてくる面接官や人事担当者がいるわけですが、結論から言えばこのような質問は採用差別(就職差別)となり得ます。

なぜなら、そのような質問は個人の思想信条に関係するものであって本来個人の自由に委ねられるべきものであり、それを採否の判断基準に用いるなら、特定の思想信条を持つ個人の就職を差別を以て制限し、就職の機会均等を損ねることにつながるからです。

この点、企業には「採用の自由」が認められていますから、基本的にはその企業がどのような属性の労働者を募集し採用するかという点はもっぱらその企業の自由な選択に委ねられるのが基本です。

しかし、その「採用の自由」も無制約なものではありません。国民には憲法で基本的人権が保障されていますから、その基本的人権を不当に制限してまで企業側の事由が認めるのは人権侵害にもなり得るからです。

憲法では19条で「思想良心の自由」を、14条で「法の下の平等」を、22条で「職業選択の自由」を保障していますから「就職の機会均等」はどのような思想信条を持つ国民であっても平等に保障されなければなりません。その基本的人権を犯すような企業の「採用の自由」は認められないと考えなければならないでしょう。

日本国憲法第19条

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

日本国憲法第14条第1項

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

日本国憲法第22条

第1項 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
第2項 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

この点、愛読書や購読新聞はその個人がどのような思想的背景を持ち、どのような信条を抱いているかを推認させますから、それを面接の席で聴取し採否の判断基準に反映させるのなら、本来自由であるはずの個人の思想信条が企業からの内定を得るために干渉を受けてしまう可能性も生じてしまいます。

たとえば、いわゆるネトウヨ的な意見を持つ経営者が経営する企業が採用面接で就職希望者の購読新聞を確認し、リベラルな新聞を購読する就職希望者を排除しようとするのなら、リベラルな新聞を購読している学生だけがその企業から内定を受けられず、リベラルな思想を持つ学生だけが差別され「就職の機会均等」を侵害される結果となってしまうでしょう。

これは特定の思想信条を持つ個人だけが本来自由であるべき思想信条によって「就職の機会均等」が妨げられる行為に他なりませんから、それは当然、採用差別(就職差別)の問題を惹起させることになるでしょう。

このように、採用面接で愛読書や購読新聞を聞くことは採用差別(就職差別)につながり得ると言えるのですから、そのような質問はそもそも採用面接でなされるべきではないのです。

企業側に差別の意図がなくても採用面接で愛読書や購読新聞を聴く行為は採用差別(就職差別)の問題を惹起させる

この点、たとえ採用面接で愛読書や購読新聞を聞いたとしても、面接官や人事担当者の側に差別する意図がないのなら採用差別(就職差別)にならないのではないか、という意見もありますが、この理屈は通りません。

仮に企業側に差別の意図がなかったとしても、面接官や人事担当者がいったんそれを聞いてしまえば、たとえ当人にその意図がなくても面接官や人事担当者がその情報の影響を完全に排除して判断することはできないからです。

いったんそれを聞いてしまえば、少なからぬ偏見や予断が生じることは否定できませんから、それを聞くこと自体が差別を誘発することになるでせよう。

また、愛読書や購読新聞を聞かれた応募者の側も、それを聞かれることに抵抗があるような人の場合には、その愛読書や購読新聞を聞かれること自体が大きなストレスとなり得ますから、それを聞かれたことで動揺し、面接で本来の力を発揮できず悪い印象を与えてしまうかもしれません。

たとえば、社会的に否定的なイメージを持たれる思想や信条を持つ人が書いた書籍を愛読する個人が面接で愛読書や購読新聞を聞かれれば、その思想や信条が知られることに抵抗を感じ、動揺して思うような受け答えができなくなってしまうでしょう。

仮にそうなれば、特定の思想信条を持つ人だけが採用面接で不利な立場に追い込まれてしまうことになりますから、それはその思想信条を持つ人の「就職の機会均等」を損なう採用差別(就職差別)の問題を惹起させます。

このように、採用面接で愛読書や購読新聞を尋ねる行為は、たとえ企業側に差別の意図がなかったとしても、個人の思想良心の自由を侵し、就職の機会均等を損ねることになりますから、企業側の意図にかかわらず、採用差別(就職差別)につながるということが言えるのです。

厚生労働省の指針でも採用面接で愛読書や購読新聞を尋ねる行為が採用差別(就職差別)につながると指摘されている

なお、採用面接で愛読書や購読新聞を尋ねる行為が採用差別(就職差別)につながるという点については厚生労働省の指針(※参考→https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo.htm)でも同様に指摘されていますので、念のため引用しておきます。

「宗教」「支持政党」「人生観・生活信条など」「尊敬する人物」「思想」「労働組合(加入状況は活動歴など)」「学生運動などの社会運動」「購読新聞・雑誌・愛読書」など、思想・信条にかかわることを採否の判断基準とすることは、憲法上の「思想の自由(第19条)」「信教の自由(第20条)」などの精神に反することになります。思想・信条にかかわることは、憲法に保障された本来自由であるべき事項であり、それを採用選考に持ち込まないようにすることが必要です。

※出典:公正な採用選考を目指して|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdfより引用

採用面接で愛読書や購読新聞を聞くことは、職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定にも抵触する

このように、採用面接で愛読書や購読新聞を聴く行為は採用差別(就職差別)の問題を惹起させますが、これとは別に職業安定法で義務付けられた「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する問題も提起できます。

職業安定法第5条の4は、労働者の募集を行う者等が収集する求職者の個人情報について「その業務の目的の達成に必要な範囲内で収集・保管し使用すること」を義務付けていますので、そもそもその範囲を超えた個人情報の収集や保管は法的に認められていません。

職業安定法第5条の4

第1項 公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者及び労働者供給を受けようとする者(中略)は、それぞれ、その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報(中略)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
第2項 公共職業安定所等は、求職者等の個人情報を適正に管理するために必要な措置を講じなければならない。

この点、求職者の「愛読書や購読新聞が何か」という情報や、その愛読書や購読新聞などから推認される思想・信条の類の情報は、常識的に考えてその企業の業務目的達成とは全く必要ない情報と言えますから、そのような情報を採用面接で聴取して終始保管すること自体がこの職業安定法第5条の4に抵触します。

この点、この職業安定法第5条の4は但し書きで「本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合」に適用を除外していますから、「本人の同意」があれば、業務とは関係のない愛読書や購読新聞を聞いても構わないという意見もあるかもしれません。

しかし採用面接では圧倒的に企業側の立場が強く、求職者は不採用になるのを避けるため面接官や人事担当者に言われるままに答えるしかありませんから、求職者が「愛読書や購読新聞は答えたくない」などと言えるはずがないので「本人の同意」があれば愛読書や購読新聞の質問が許されるというのなら、この職業安定法第5条の4の規定は骨抜きになってしまうでしょう。

ですから、採用面接で愛読書や購読新聞を聴く行為は、この職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定の違法性の側面から考えてみても、到底許されるものではないと言えるのです。

採用面接で愛読書や購読新聞を聴かれた場合の対処法

以上で説明したように、採用面接で愛読書や購読新聞を聴く行為は採用差別(就職差別)につながるだけでなく、職業安定法違反の違法性も指摘できますから、本来であればあってよいはずのものではありません。

もっとも、とは言っても実際の採用面接の場でそのような質問を受けた場合には、求職者の側でどう対処するか選択しなければなりませんので、その場合にいかなる行動をとることができるのかが問題となります。

(1)その会社への就職は諦める

採用面接で愛読書や購読新聞を聞かれた場合は、その会社への就職を取りやめるというのも考えてよいかもしれません。

前述したように、採用面接で愛読書や購読新聞を聴く行為は採用差別(就職差別)につながるものであり職業安定法にも違反する行為と言えますから、そのような問題を考えることなくそうした質問を垂れ流しているということは、その会社が倫理観の欠落した法令遵守意識の低い会社であることを推認させます。

そうであれば、仮にその会社から内定を受けたとしても、入社後にパワハラや不当な労働条件の変更など何らかの労働トラブルに巻き込まれる蓋然性が極めて高いと予測できますので、将来的なリスクを考えれば、他のまともな会社を探す方が賢明です。

ですから、仮にそのような質問を受けた場合には、不要なトラブルを避けるためにもその会社への就職は取りやめる決断も、あってよいのではないかと思います。

(2)愛読書や購読新聞を聴く行為が採用差別(就職差別)や職業安定法違反の問題を惹起させることを説明する

採用面接で愛読書や購読新聞を尋ねられた場合には、その質問が採用差別(就職差別)につながることや職業安定法の「求職者等の個人情報の取り扱い」規定に抵触する可能性のあることを、先ほど挙げた厚生労働省の指針などを提示しながら説明してみるという選択も考えられます。

もちろんそうすれば企業側の機嫌を損ねて不採用になるかもしれませんが、それで企業側が自社の倫理観の欠如や法令違反を改善してまともな採用面接をするようになれば、社会から採用差別(就職差別)を一つ無くすことができることになりますので、社会的な意義はあると言えます。

ですから、その会社への就職は取りやめてもよいと思うのであれば、より良い社会の構築に貢献するためにも、その不当性や違法性を勇気をもって指摘してみても良いかと思います。

(3)採用面接で愛読書や購読新聞を聞かれた事実をハローワークに申告(相談)してみる

採用面接で愛読書や購読新聞を聞かれた場合に納得できない場合には、その事実をハローワークに申告(相談)してみるというのも選択肢の一つとして考えられます。

前述したように、採用面接で愛読書や購読新聞を聞く行為は厚生労働省の指針でも否定的に指導されていますが、その指針の指導機関はハローワークとなりますので、ハローワークに申告(相談)することで指針に違反する企業が存在する事実の情報提供となり、何らかの指導などにつながることも期待できるかもしれないからです。

また、面接で愛読書や購読新聞を聞く行為は職業安定法違反の問題を惹起させますが、かかる企業(その他職業紹介業社や派遣事業者等も含む)の職業安定法違反行為について厚生労働大臣は、その業務の運営を改善させるために必要な措置を講ずべきことを命じることができ(職業安定法第48条の3第1項)、その厚生労働大臣の命令に企業が違反した場合には「6月以下の懲役または30万円以下の罰金」の刑事罰の対象とすることも可能です(職業安定法第65条第7号)。

職業安定法第48条の3第1項

厚生労働大臣は、職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者又は労働者供給事業者が、その業務に関しこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反した場合において、当該業務の適正な運営を確保するために必要があると認めるときは、これらの者に対し、当該業務の運営を改善するために必要な措置を講ずべきことを命ずることができる。

職業安定法第65条第7号

次の各号のいずれかに該当する者は、これを6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
第1号∼6号(中略)
第7号 第48条の3第1項の規定による命令に違反した者

そうであれば、採用面接で愛読書や購読新聞を聞かれた事実をハローワークに申告(相談)することで厚生労働大臣の監督権限の行使を促し、行政から指導などの措置がなされることでその企業の面接における差別や違法行為が改善される契機となることも期待できます。

もちろん、それで自分の不採用が覆られることはないかもしれませんが、社会から採用差別や違法な個人情報の収集を無くすことができますので社会的な意義はあると言えます。

ですから、実際の採用面接の場でそのような質問を受けた場合には、とりあえずハローワークに申告(相談)してみるというのも考えてよいかもしれません。

(4)労働局の紛争解決援助の手続きを利用して解決を図る

採用面接の場で愛読書や購読新聞を聞かれた場合には、労働局が主催する紛争解決援助の手続きを利用を利用してみることを考えてもよいかもしれません。

労働局では労使間に紛争か発生した場合のその解決を助ける紛争解決援助の手続きが整備されていますが、この手続きは労働契約が成立する前の募集や採用段階で生じた応募者と事業主の間の紛争でも利用することが認められています。

そのため、仮に採用面接で愛読書や購読新聞を聞かれてその結果不採用になったという場合にも、その面接の差別性などを指摘してその不採用の撤回や何らかの補償等を求めてその解決を労働局に委ねることができますが、労働局から出される助言や指導に企業側が従う場合には、その不採用が撤回されたり、何らかの補償等に応じてくることも期待できます。

ですから、採用面接で愛読書や購読新聞を聞かれた不採用になりそれに納得できない場合には、とりあえず労働局に相談して紛争解決援助の手続きを利用できないか検討してみるのも一つの方法として考えてよいと思います。

なお、労働局の紛争解決援助の手続きの詳細は『労働局の紛争解決援助(助言・指導・あっせん)手続の利用手順』のページで詳しく解説していますので参考にして下さい。

その他の対処法

これら以外の対処法としては、各都道府県やその労働委員会が主催するあっせんの手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士(または司法書士)に個別に相談・依頼して裁判や裁判所の調停手続きを利用する方法が考えられます。

なお、これらの解決手段については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

ただし、このようなケースで裁判などしても「採用面接で愛読書や購読新聞を質問すること」自体を禁止する法律はありませんので、裁判上でその採用差別(就職差別)の違法性が認定されるか否かは判断が難しいかもしれません。

裁判などをしたとしても採用差別(就職差別)を理由に慰謝料などの請求が認められるかは難しいかもしれませんのである程度の割り切りは必要かもしれません。