人員削減の必要性がないのに内定を取り消された場合

企業から採用内定を受けた学生が、不況や経営不振の影響で人員削減の必要性が生じたことを理由にして、内定先の企業から採用内定を取り消されてしまうケースがあります。

このような不況や経営不振に伴う内定取消は、経営判断として仕方のない面もありますから、内定を取り消されてしまう学生としても「運が悪かった」とあきらめるしかない場合もあるかもしれません。

しかし、これが「人員削減の必要性がなかった」にもかかわらず内定を取り消されてしまったというのなら話は別です。

人員削減の必要性がないのなら、内定を取り消さなければならない必要性もないはずですから、それでもなお内定を取り消したというのであればそれは不当な目的があって取り消されたということが推認できます。

しかし、新卒採用で応募した学生は内定を取り消されてしまえば「新卒」というブランドで就職できる貴重な機会を奪われてしまいますから、「人員削減の必要性」という正当な理由のない内定取消など到底是認できるものではないからです。

では、もし仮に内定先の企業において「人員削減の必要性」が「ない」にもかかわらず一方的に採用内定を取り消されてしまった場合、その内定取消の撤回を求めることはできないのでしょうか。

「人員削減の必要性」という正当性のない内定取消の有効性が問題となります。

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「人員削減の必要性」の「ない」内定取消は無効

このように、内定先の企業から「人員削減の必要性」が「ない」にもかかわらず採用内定を取り消されてしまうケースがあるわけですが、結論から言うとそのような内定取消は「無効」と判断されるのが通常です。

なぜなら、採用内定の取り消しは法律上「解雇」と同様に労働契約法第16条の「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件の有無によってその有効性が判断されますが、その判断基準となる「整理解雇の四要件(四要素)」の要件(要素)の一つに「人員削減の必要性」が挙げられている以上、「人員削減の必要性」の「ない」内定取消は、労働契約法第16条の要件を満たしていないものとして解雇権を濫用する無効なものと判断されることになるからです。

(1)「採用内定の取り消し」は「解雇」と同様に扱われる

「人員削減の必要性」のない内定取消の有効性を判断する前提として、採用内定の取り消しが具体的にどのような法律的性質を持っているのかという点を理解する必要がありますが、内定の取り消しは「解雇」と同じように判断されるのが通常です。

なぜなら、「採用内定」は企業の採用活動に対する学生の「労働契約の申し入れ」と企業側の「労働契約の申し入れに対する承諾の意思表示」という意思表示の問題と考えられており、企業側の採用内定が内定者に到達した時点で労働契約(雇用契約)が有効に成立したと判断されることになる結果、採用内定を受けた後の取り消しは労働契約期間中における契約の一方的な解除(解約)として「解雇」と同じ効果を生じさせるからです 。

過去の最高裁の判例でも採用内定の法的性質は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」であると解釈されており、入社予定日は就労を開始する日に過ぎず内定通知が到達した日から労働契約が有効に生じその後の内定取消は解雇と同様に扱われる旨の判断が行われ、この考え方が定着しています(※大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20|裁判所判例検索) 。

この点の詳細は『「内定の取り消し」が「解雇」と同様に扱われるのはなぜか』のページで詳しく解説していますが、いずれにせよ法律上は「採用内定の取り消し」は「解雇」と同様に扱われることになりますので、その有効性も解雇の有効性の判断基準を規定した労働契約法第16条によって判断されることになります。

(2)「内定の取り消し」には「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つが必要

この点、労働契約法第16条は解雇に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つの要件の充足を求めていますから、「内定の取り消し」が解雇と同様に扱われる以上「内定の取り消し」が有効か否かもこの「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の2つが認められる事実があるかという点で判断されることになります。

(3)労働契約法第16条は「整理解雇の四要件(四要素)」で判断される

この場合、具体的にどのような事実があればその解雇(内定の取り消し)に「客観的合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が認められると判断できるのかという点が問題となりますが、その判断は過去の判例の積み重ねから「整理解雇の四要件(四要素)」を基準に判断する考え方が定着しています。すなわち

  • ①人員削減の必要性があったか(人員削減の必要性)
  • ②解雇回避のための努力は行われたか(解雇回避努力義務)
  • ③人選に合理性はあるか(人選の合理性)
  • ④対象者への協議や説明は尽くされているか(説明協議義務)

の4つの要件(要素)をすべて満たす場合にだけその解雇(内定の取り消し)が有効と判断され、この4つのうち一つでも欠けている事情がある場合には、その解雇(内定の取り消し)は無効と判断する考え方が定着しているわけです。

そうすると、上の4つの要件(要素)を見てもわかるように、その要件(要素)の一つとして「人員削減の必要性」が挙げられていますから、内定先の企業が「人員削減の必要性」が「ない」状態で内定を取り消した場合、その内定取消は整理解雇の四要件(四要素)を満たさないものと評価されることになります。

そうすると、整理解雇の四要件(四要素)を満たさない以上、労働契約法第16条の「客観的合理的理由」と「社会通念上の相当性」の要件も満たさないということになります。

「人員削減の必要性」がない状態で内定者の内定を取り消すことに「客観的合理的な理由」は見当たりませんし、その「客観的合理的な理由」がないにもかかわらず、新卒というブランドで就職できる貴重な機会を喪失してしまう学生の不利益を無視してまで会社の一方的な都合で内定者の内定を取り消してしまうことに「社会通念上の相当性」もないと言えるからです。

このような理屈によって、「人員削減の必要性」がない内定の取り消しは権利の濫用として無効と判断されることになるのです。

「人員削減の必要性がない」内定取消の具体例

このように人員削減の必要性がないのになされた内定の取り消しは無効と判断できますが、具体的にどのようなケースで「人員削減の必要性がない」と言えるかはその事案ごとに個別に判断するしかありません。

もっとも、以下のようなケースでは「人員削減の必要性がない」と考えて差し支えないのではないかと思います。

(ア)そもそも不況や経営不振の影響が生じていない場合

その会社でそもそも不況や経営不振の影響が生じていない場合や、生じていても人件費抑制の必要性が生じていないような場合では「人員削減の必要性がない」と考えて差し支えないのではないかと思います。

人員削減は人件費抑制の目的があってこそ行われますので、そもそもそれを必要とする経営危機や財務改善の必要性自体が生じていないなら、人員削減の必要性自体も生じないからです。

ですから、会社が「売り上げが減ってきたから…」と言っていたとしても、決算公告などでそのような事実が見られなければ「人員削減の必要性がない」と言えますし、仮に減益になっていたとしても新規採用を停止ししなければならないほどの緊急性を擁するほどの損失でないのならやはり「人員削減の必要性はない」と判断できるのではないかと思います。

ですから、内定先の企業から不況や経営不振を理由に内定を取り消されてしまった場合には、本当にその会社で人員を削減しなければならないほどの経営状況の悪化が生じているのかという点を検討する必要はあるといえます。

(イ)他の部署やグループ会社で新規採用や中途採用が継続されている場合

また、その企業の他の部署やグループ会社などで新規採用や中途採用が継続して行われている場合にも「人員削減の必要性がない」と考えて差し支えないのではないかと思います。

他の部署やグループ会社で採用が継続されているというのであれば、そもそもその会社に人件費抑制の必要性が生じるほどの経営危機は生じていないと考えられるからです。

また、仮に内定を取り消された学生の希望する部署や事業部門が事業縮小を迫られていたとしても、入社させた後に他の部署に配転(異動)させたりグループ企業に出向させるなど人事異動の手段によって内定取消を回避することはできると考えられますから、そのような事情を考えても「人員削減の必要性がない」と考えて差し支えないのではないかと思います。

もっとも、 これはあくまでも代表的な例に過ぎず、これら以外にも「人員削減の必要性はない」と判断されるケースはあると思いますので、具体的な案件では弁護士に相談するなどして助言を受けることも必要でしょう。

厚生労働省のガイドラインではそもそも内定を取り消すこと自体を基本的に禁止している

このように、人員削減の必要性のない内定取消は無効と判断されますが、仮に人員削減の必要性が「ある」と判断できる場合であっても、企業が採用内定を取り消すことは厚生労働省のガイドラインで基本的に禁止されています 。

厚生労働省が作成した「新規学校卒業者の採用に関する指針」では、「事業主は、採用内定を取り消さないものとする」 「事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする」として採用内定の取り消しを行わないよう求めていますので、それに反して採用内定を取り消すことはよほど突発的な事情でも生じない限り通常は認められないでしょう。

ではなぜ厚生労働省がこのような見解を採っているかと言うと、そもそも企業は将来の経営状況を考えて数年先の採用活動を考えるのが通常ですから、常識的に考えれば採用内定を出してからわずか半年程度が経過した時点でその内定を取り消さなければならないほど経営環境が悪化すること自体あり得ないことだからです。

将来の経営状況を見越して採用活動を行ったにもかかわらず採用内定を出してわずか半年程度で内定を取り消さなければならない状況に会社が追い込まれたというのであれば、それは経営判断を誤った会社の経営陣が責任を取るべきであって、その経営判断の誤りによって生じた不利益を内定者に転嫁することあまりにも不当です。

そのため、厚生労働省は採用内定の取り消しを原則として認めない方向でガイドラインを作成しているのです。

ですから、その面を考えても採用内定の取り消しは無効と判断できるケースは多いものと考えられます。

人員削減の必要性がないのに採用内定を取り消されてしまった場合の対処法

以上で説明したように、人員削減の必要性がないにもかかわらず、不況や経営不振の影響を理由に行われた採用内定の取り消しは会社の内定取り消し権を濫用する無効なものと言えますから、その無効を主張し、その撤回を求めることも可能です。

この点、実際に内定先企業から採用内定を取り消されてしまった場合の具体的な対処法が問題となりますが、私見としては以下のような方法が考えられます。

(1)人員削減の必要性のない内定取消が権利の濫用として無効であることを書面で通知する

人員削減の必要性がないにもかかわらず内定を取り消されてしまった場合には、その内定取消が権利の濫用として無効であること旨を記載した書面を作成し会社に通知してみるというのも対処法の一つとして有効な場合があります。

実際に人員削減の必要性がないにもかかわらず不況や経営不振の影響を理由に内定を取り消すような会社がまともな会社であるはずがありませんから、そのような会社に対して「内定取消は無効だ」などと抗議しても撤回に応じてくれる可能性は低いのが現実です。

しかし、書面という形で正式に抗議すれば、将来的な裁判への発展などを警戒して協議に応じたり内定取消を撤回する会社もありますから、書面という形でその無効を通知する意義もあると思います。

なお、その場合に会社に通知する文書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。

株式会社 ○○

代表取締役 ○○ ○○ 殿

人員削減の必要性がない内定取消の無効確認および撤回申入書

私は、〇年7月〇日、同日付の採用内定通知書の送付を受ける方法により貴社から採用内定を受けましたが、同年11月〇日、貴社から採用内定取消通知書が送付される方法で当該採用内定を取り消されました。

この採用内定の取り消しについて私は、〇月〇日、貴社の人事部に電話で問い合わせする方法について確認しましたが、貴社の担当者である○○氏からは、採用活動終了後に昨年立ち上げたネットオークション事業で負債が拡大し経営コストの削減が必要になったことから人件費抑制のため今年度の新規採用が中止になった旨の説明がなされております。

しかしながら、貴社の報道発表では昨年立ち上げたネットオークション事業は向こう3年間は赤字覚悟で事業の拡大を進める旨の発言がありましたし、ネットオークション事業の事業縮小を予定しているとの発表もありませんから、仮に貴社のネットオークション事業において負債が生じていたとしても人件費抑制のためのリストラに着手しなければならないほどの経営危機は生じていないものと考えられます。

また、貴社のネットテレビ配信部門では新規募集を継続しているだけでなく人材不足から求人サイト等で中途採用者の募集も行っているようですから、貴社における企業全体で人員削減の必要性が喫緊の課題となっているとは到底思えません。

この点、採用内定の法的性質は「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されている(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20)ことを考えれば、その取消は解雇と同様に労働契約法第16条の規定によって判断されるべきであると考えられますが、貴社の行った内定取消に人員削減の必要性がない以上、貴社の行った内定の取り消しに客観的合理的な理由なく、また社会通念上の相当性もあるとは言えません。

したがって、当該内定の取り消しは労働契約法第16条の規定から権利の濫用として無効と評価できますから、直ちに当該内定の取り消しを撤回するよう申し入れいたします。

なお、厚生労働省のガイドライン( 新規学校卒業者の採用に関する指針)でも、採用内定を行った企業がその内定を取り消すことがないように指導されていますので念のため申し添えます。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞

※実際に送付する場合は会社に通知が到達した証拠を残しておくため、コピーを取ったうえで普通郵便ではなく特定記録郵便など配達記録の残される郵送方法を用いて送付するようにしてください。

(2)その他の対処法

上記のような書面を通知しても会社が採用内定の取り消しを撤回しないような場合は、労働局の紛争解決援助の申し立てを行ったり、労働委員会の主催する”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士や司法書士に相談して裁判所の裁判手続などを利用して解決する必要がありますが、それらの方法については以下のページを参考にしてください。

労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは

(3)人員削減の必要性のない採用内定の取り消しを労働基準監督署で解決できるか

なお、このような人員削減の必要性のない状態で内定の取り消しが行われた場合に労働基準監督署に相談することで解決を図ることができるかという点が問題となりますが、このような内定の取り消しに関する問題については労働基準監督署は積極的に介入しないのが普通です。

なぜなら、労働基準監督署は「労働基準法」やそれに関連する命令等に違反する事業主を監督する機関であり、労働基準法に規定のない違法行為や契約違反行為については行政権限を行使することができないからです。

採用内定の取り消しに関しては先ほど説明したように労働契約法にはそれを禁止する規定(※ただし類推適用)がありますが、労働基準法で禁止される行為ではありませんので、採用内定の取り消しに関するトラブルは労働基準監督署に相談しても対処は望めないのが一般的です。

ですから、このような案件に関しては、弁護士に相談して示談交渉や訴訟を利用するか、労働局の紛争解決手続きや都道府県労働委員会のあっせん手続きを利用して解決を図るしかないと思います。