入社前研修(内定者研修)を欠席するのに正当理由が必要となるか

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新卒者の採用活動をする会社の中に、内定者に向けた入社前研修(内定者研修)を実施するところがあります。

内容は数日程度のレクレーション的なものから数か月間にわたって実施される実務に直結した業務研修までさまざまですが、問題となるのがそのような研修への出席が強制参加とされている場合です。

企業によっては採用内定を出した内定者に対して入社前研修(内定者研修)への出席を強制し、身内の不幸や親族の介護など「正当な理由」がない限り欠席を認めず、仮に欠席するような内定者に対しては内定の取消をほのめかして事実上出席を拒否できない状況に置くような事例も多く見受けられます。

では、このように入社前研修(内定者研修)への出席が義務付けられている場合、「正当な理由」がなければ研修を欠席することはできないのでしょうか?

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入社前研修(内定者研修)への出席は任意(自由参加)が原則

「正当な理由」がなくても入社前研修(内定者研修)を欠席できるのかという点を考える場合、まず内定先の企業が内定者に対して入社前研修(内定者研修)への出席を強制させることができるのか、という点を考える必要があります。

なぜなら、そもそも入社前研修(内定者研修)への出席を強制できるような「法律上」もしくは「労働契約上(雇用契約上)」の権限が内定先企業にないというのであれば、「正当な理由」の有無にかかわらず内定者は自由に研修への出席を拒否できることになるからです。

(1)入社前研修(内定者研修)への出席を義務付ける法律上の根拠は存在しない

この点、内定者に対して入社前研修(内定者研修)への出席を義務付ける法律があるかという点を確認してみますが、民法にも労働基準法にも労働契約法にも、あるいは他の労働関係の法律にもそのような法律は見当たりません。

したがって、内定先企業が内定者に対して入社前研修(内定者研修)への出席を強制あるいは義務付けることに「法律上の根拠」は存在しないといえます。

(2)入社前研修(内定者研修)への出席を義務付ける契約上の根拠も存在しない

このように、内定先企業が入社前研修(内定者研修)への出席を内定者に強制ないし義務付ける「法律上」の根拠は存在しませんが、では「契約上」の根拠は存在するでしょうか。

内定先企業が内定者に対して「採用内定」を出すことによって入社前研修(内定者研修)への出席を強制できるような「契約上」の根拠が発生するのであれば、内定者が研修を欠席するために「正当な理由」が必要とも考えられるため問題となります。

この点、企業が内定者に「採用内定」を出すことによって具体的にどのような「契約」が結ばれることになるのかという点を考える必要がありますが、過去の最高裁の判例では「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」が結ばれることになると判断されています。

これは、企業が内定者に対して「採用内定」を出した場合、内定者は「入社予定日」からその会社に入社できることになりますが、その場合に約束される「入社予定日(※一般的には翌年の4月1日)」は単に「就労を開始する日」にすぎず、内定者に一定の不良行為(経歴詐称が発覚したり、犯罪行為で逮捕されたりするなど)が認められた場合にだけ企業側に内定を一方的に解約できるという「解約権」が「留保」された「労働契約(雇用契約)」が結ばれることになるというのが「採用内定」の本質になるということを意味します。

つまり、企業が内定者に対して「採用内定」を出せば、その時点で企業側に「解約権」が「留保」されてはいるものの「入社予定日」を「就労を開始する日」とする「労働契約(雇用契約)」が有効に成立する、ということになるわけです。

このような最高裁の解釈を前提とした場合、「入社予定日(※一般的には4月1日)」が到来する「前」であっても内定先企業と内定者の間に「雇用関係(労働契約関係)」は生じていますから、一見すると内定先企業は内定者に対してその既に生じた「労働契約(雇用契約)」に基づいて「雇い主」として一定の指揮命令権を行使することが可能になるとも思えます。

しかし、そもそも使用者が労働者に対して「教育訓練を行うことができる権利」は「使用者が労働契約によって取得する労働力の利用権」から派生されるものです(※菅野和夫著「労働法第八版」弘文堂404頁参照)。

つまり、仮に企業と内定者の間に「労働契約(雇用契約)」が有効に成立していたとしても、「使用者が労働契約によって取得する労働力の利用権」が発生していない限り、使用者は労働者に対して「研修に参加しろ!」と命令することができないわけです。

この点、先ほど説明したように、企業が「採用内定」を出したことによって「労働契約(雇用契約)」が生じることになりますが、「就労を開始する日」であるところの「入社予定日(4月1日)」はその時点で未だ到来していないわけですから、その時点では企業側に「労働力の利用権」は未だ発生していないということになるでしょう。

そうであれば、「採用内定」が出され「入社予定日」が到来するまでの期間は未だ「使用者が労働契約によって取得する労働力の利用権」自体が発生していないことになりますから、当然その利用権に基づいて発生する「教育訓練を行うことができる権利」も発生していないということになります。

内定先企業が内定者に対して「採用内定」を出した段階で内定者に対して「研修を受講しろ!」と命令できる「教育訓練を行うことができる権利」が発生していないというのであれば、内定者の能力や技能を高めるために実施する「入社前研修(内定者研修)」を命じることもできません。

ですから、内定先企業が内定者に対して「採用内定」を出した後、入社予定日が到来するまでの間は、内定先企業が内定者に対して「入社前研修(内定者研修)に出席しろ!」と強制することはできないということになり、入社前研修(内定者研修)は自由参加が原則となる、ということになるのです。

入社前研修(内定者研修)への出席を強制するのであれば会社は研修期間中の賃金を支払わなければならない

以上で説明したように、採用内定が出されてから入社予定日が到来するまでの間は、内定先企業において「教育訓練を行うことができる権利」が発生していないわけですので、内定先企業がその期間に実施する入社前研修(内定者研修)について、内定者に対し「出席しろ!」と出席を強制することはできないのが現実です。

にもかかわらず、内定先企業が内定者に対して「入社前研修(内定者研修)に出席しろ!」とその研修への参加を強制しているとすれば、それはもう何らの「法律上」および「契約上」の根拠なく出席を強要しているということか、「採用内定」とは別個の労働契約(雇用契約)が成立したという主張の下にその別の雇用契約関係によって生じる「教育訓練を行うことができる権利」に基づいて内定者に対して研修への参加を強要しているということにならざるを得ません。

しかし、仮に「採用内定」とは別個の労働契約(雇用契約)に基づいて入社前研修(内定者研修)への参加を強制しているというのであれば、それはその別個の労働契約(雇用契約)に基づいて就労を強制しているということになりますから、その研修に出席した時間は全て労働時間としてカウントされることになり、内定先企業は研修に出席した内定者に対してその研修期間中の賃金を支払わなければならないことになるでしょう。

なぜなら、過去の最高裁の判例では、使用者が労働者を「指揮命令下」に置いている時間については、たとえその時間が業務を遂行している時間ではなく準備時間や待機時間であっても全て労働時間として使用者に賃金の支払いを認めているからです。

最高裁の判例(準備時間)→三菱重工業長崎造船所事件:最高裁H12.3.9
最高裁の判例(待機時間)→大星ビル管理事件:最高裁H14.2.28

つまり、過去の最高裁の判例の見解に従えば、内定先企業が内定者に対して出席を強制し義務付けている場合には、その研修に出席した内定者は内定先企業に対して賃金の支払いを請求できるということになるのです。

ところが、ご存知のように入社前研修(内定者研修)を実施する企業で出席した内定者に対してその研修期間中の賃金を支給しているところはまず存在しません。

したがって、入社前研修(内定者研修)を実施し、その研修への出席を強制し義務付けている企業のほぼすべては、研修に出席した内定者に対して賃金の未払いを起こしているということになります。

入社前研修(内定者研修)を欠席するのに「正当理由」は必要ない

以上で説明したように、入社前研修(内定者研修)は本来内定者の自由意思に基づいて出席するか欠席するかを判断するものであり、出席を強制させ得る法律上ないし契約上の権限は内定先企業に存在しませんから、そもそも内定先企業は入社前研修(内定者研修)への出席を内定者に義務付けることはできません。

また、仮にその研修への出席を強制し義務付けるというのであれば少なくともその研修期間中の賃金を支払わなければなりませんから、賃金を支払わずに入社前研修(内定者研修)への出席を義務付けるというのであれば、それは法律上および契約上の根拠なく内定者に対して”タダ働き”を強いているということになるでしょう。

このように、法的に考えても契約的に考えても、内定先企業において入社前研修(内定者研修)への出席を強制できる権限は一切せず内定者が入社前研修(内定者研修)への出席を拒否し、ないし欠席することも自由と言えますから、欠席するための「正当な理由」も必要とならないということになります。

「正当な理由」がない限り入社前研修(内定者研修)への欠席を認めないといわれた場合の対処法

以上で説明したように、入社前研修(内定者研修)への出席は本来、自由参加が原則ですから、入社前研修(内定者研修)への出席を義務付けられたとしても、そのような内定先企業の主張は無視して一切問題ありませんし「正当な理由」などなくても内定者の一存で欠席することができるといえます。

もっとも、このような法律上の解釈をすべてに内定先企業が理解しているとは限りませんし、中にはそのような法解釈を十分に知りながら研修への出席を強制するブラック体質を持った企業も存在しますから、「正当な理由」が無いことを理由として入社前研修(内定者研修)への出席を強制させられるような場合には、具体的に対処することが求められます。

(1)入社前研修(内定者研修)への出席義務がない旨を書面で通知する

入社前研修(内定者研修)への出席を拒否ないし欠席した場合に、内定先の企業から「正当な理由」がないことを理由として執拗に出席を求められるような場合には、「入社前研修(内定者研修)への出席義務がないこと」を確認する「通知書」を作成し内定先企業に送付することも考えた方がよいかもしれません。

先ほど説明したように、入社前研修(内定者研修)への出席は本来任意なものであり内定者に出席しなければならない法律上ないし契約上の義務は存在しませんが、後で裁判等に発展するような場合には「入社前研修(内定者研修)への出席義務がないことを説明したのに出席を強制させられら」という客観的証拠が必要となるケースもありますので、その客観的証拠が残る「書面」という形で会社に抗議しておくことも必要となります。

なお、この場合に内定先企業に送付する通知書の文面は以下のようなもので差し支えないと思います。


○○株式会社

代表取締役 ○○ ○○ 殿

入社前研修出席義務不存在確認通知書

私は、〇年〇月〇日、貴社から採用内定の通知を受けましたが、貴社の採用担当者から、同年〇月〇日から〇月〇日までの期間にわたって貴社が実施する内定者を対象にした入社前研修に出席するよう執拗に求められております。

しかしながら、「教育訓練を行うことができる権利」は「使用者が労働契約によって取得する労働力の利用権」から派生されるもの(※菅野和夫著「労働法第八版」弘文堂404頁参照)であると解されるところ、過去の最高裁の判例(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20参照)で採用内定が「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されていることに鑑みれば、入社予定日が到来するまでの期間については、内定者に就労を開始しなければならない義務が生じていない以上、貴社の内定者に対する「労働力の利用権」も未だ発生していないはずであり、貴社が内定者に対して「教育訓練を行うことができる権利」も未だ生じていないはずです。

そうであれば、入社前研修(内定者研修)は内定者の自由意思に委ねられるものであり、その欠席を申し入れた内定者に出席を強制したり「正当な理由」がない限り欠席を認めないという貴社の姿勢は、法律上ないし契約上の根拠なくして研修への出席を強制する違法なものと言えます。

したがって、貴社が入社予定日が到来するまでに実施する入社前研修(内定者研修)は貴社において内定者に対して出席を強制できるものではなく、「正当な理由」の有無にかかわらず内定者の自由意思で欠席することができるものと言えますから、私において、当該入社前研修(内定者研修)に出席しなければならない義務は存在しないことを、本通知書をもって確認し通知いたします。

以上

〇年〇月〇日

〇県〇市〇町〇丁目〇番〇号○○マンション〇号室

○○ ○○ ㊞


会社に送付する前に証拠として残すため必ずコピーを取っておくこと。
会社に到達した客観的証拠が残るように普通郵便ではなく特定記録郵便などの郵送方法を利用する。

(2)労働基準監督署に労基法違反の申告を行う

先ほど述べたように、入社前研修(内定者研修)への出席は本来自由参加が原則であり、内定先企業が内定者に対して出席を強制できる法律上ないし契約上の根拠は存在しませんから、もし仮に内定先企業が「正当な理由がない」と主張して内定者に対して研修への出席を強要しているケースがあるとすれば、それはすなわち内定先企業が「法律上ないし契約上の根拠なくして」内定者に「研修という名の就労を強制している」ということになるでしょう。

しかし、そのよう法的ないし契約上の根拠が存在しない就労の強要は「強制労働の禁止」を規定した労働基準法5条に違反することになりますので、労働基準法の104条の規定に基づいて、労働基準監督署に対して労働基準法違反の申告を行うことが可能になるものと考えられます(労働基準法第104条1項)。

【労働基準法5条】
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
【労働基準法第104条1項】
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。

労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行い、監督署から勧告等が出されれば、内定先企業の方でも執拗な入社前研修(内定者研修)への出席の強要行為を止める可能性もありますので、内定先企業から研修への出席要請が止まない場合には、監督署への申告も考えた方がよいのではないかと思います。

なお、この場合に労働基準監督署に提出する労基法違反の申告書は、以下のような文面で差し支えないと思います。

【労働基準法104条1項に基づく労基法違反に関する申告書の記載例】

労働基準法違反に関する申告書

(労働基準法第104条1項に基づく)

○年〇月〇日

○○ 労働基準監督署長 殿

申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****

違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:○○ ○○

申告者と違反者の関係
入社日:(採用内定日:〇年〇月〇日)
契 約:期間の定めのない雇用契約
役 職:特になし
職 種:営業

労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。

関係する労働基準法等の条項等
労働基準法第5条

違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・申告者は〇年〇月〇日、自宅あてに送付された違反者からの内定通知書によって採用内定の通知を受けたが、同年〇月〇日から同年〇月〇日までの期間において違反者が実施する入社前研修(内定者研修)への出席を執拗に求められている。
・これに対して申告者は「教育訓練を行うことができる権利」が「使用者が労働契約によって取得する労働力の利用権」から派生されるもの(※菅野和夫著「労働法第八版」弘文堂404頁参照)であると解され、過去の最高裁の判例(大日本印刷事件:最高裁昭54.7.20参照)で採用内定が「入社予定日を就労開始日とする始期付きの解約権留保付き労働契約」と解釈されていることに鑑みれば、入社予定日が到来するまでの期間については、違反者において申告者に対する「労働力の利用権」は発生しておらず「教育訓練を行うことができる権利」も未だ発生していないから、入社前研修(内定者研修)に出席しなければならない法律上ないし契約上の根拠はない旨を説明し、その出席を拒否した。
・しかし、違反者は「正当な理由」がない限り欠席は認めないと主張し、採用担当者が頻繁に申告者の携帯電話に電話を掛け、また申告者の自宅に押し掛けるなどして入社前研修(内定者研修)への出席を強要している。
しかしながら、かかる違反者の行為は法律上ないし契約上の根拠なく研修という名の就労を強制するものであるから、強制労働の禁止を規定した労働基準法5条に違反する。

添付書類等
1.〇年〇月〇日に違反者から通知を受けた採用内定通知書の写し 1通
2.〇月〇日付けで違反者に通知した研修出席義務不存在確認通知書の写し 1通

備考
特になし。

以上

なお、会社側に労働基準監督署に法律違反の申告をしたことを知られたくない場合は「備考」の欄に「本件申告をしたことが違反者に知れると更なる被害を受ける恐れがあるため違反者には申告者の氏名等を公表しないよう求める。」の一文を挿入してください。

(3)その他の対処法

上記のような方法で対処しても会社側が入社前研修(内定者研修)への出席を強要する場合は、会社側が研修への出席を強制することに確固たる確信があるか、ただ単にブラック体質を有した法律に疎い会社かのどちらかである可能性が高いと思いますので、なるべく早めに法的な手段を取って対処する方がよいでしょう。

具体的には、労働局に紛争解決援助の申し立てを行ったり、自治体や労働委員会の”あっせん”の手続きを利用したり、弁護士会や司法書士会が主催するADRを利用したり、弁護士や司法書士に依頼して裁判を行うなどする必要があると思いますが、その場合の具体的な相談先はこちらのページでまとめていますので参考にしてください。

▶ 労働問題の解決に利用できる7つの相談場所とは