「常時10人以上」の労働者が働いている使用者(雇い主)では、就業規則を作成することが法律で義務付けられています(労働基準法89条)。
【労働基準法89条】
常時10以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。(以下省略)
この「常時10人以上」の意味については『会社に就業規則があるかないか確認する方法』のページで詳しく解説していますのでそちらに譲りますが、とにかくその「常時10人以上」の労働者が働く会社では必ず就業規則を作成しなければなりません。
ですが、世に存在する会社が全て労働基準法を遵守しているわけではなく、中には残念ながら労働基準法で就業規則の作成が義務付けられているにもかかわらず、それに違反して就業規則を作成していない会社も存在するのが現実です。
では、もし仮に自分が働いている会社が労働基準法上で就業規則の作成を義務付けられる会社であるにもかかわらず就業規則を作成していない場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか?
就業規則が作成されていない会社の危険性
先ほど述べたように、労働基準法の89条では「常時10人以上の労働者を使用する使用者」については必ず就業規則を作成することが義務付けられていますので、その要件に該当する限り就業規則を作成しないのは労働基準法違反となります。
もっとも、だからといって必ずしも労働者に不利益が及ぶわけではありません。
その会社の経営者が労働者のことを第一に考えるような人物である場合には、たとえ法律に違反して就業規則を作成していなかったとしても、そのような経営者がトップにいる限り、労働者の不利益に労働条件が変更されることがなく、事実上の問題は発生しないことも多いでしょう。
しかし、そのような事例はあくまでも少数で、そのような会社のほとんどはブラック体質を持った会社である蓋然性が高いのが実情です。
就業規則を作成しない会社では、会社の経営者が就業規則に縛られることなく自由に会社の決まりを変更して自分の思いのままに従業員をこき使うケースが多く見受けられるからです。
いったん就業規則を作成してしまえば、その変更には「労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」の意見を聴取することが法律で義務付けられますので(労働契約法11条、労働基準法90条)、経営者は自由に就業規則を変更することが事実上できなくなってしまいます。
【労働契約法11条】
就業規則の変更の手続に関しては、労働基準法第89条及び第90条の定めるところによる。
【労働基準法90条】
第1項 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
第2項 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。
しかし、就業規則を作成していなければ、その制限はかけられませんから、経営者が自由に労働条件を変更して会社の利益を最大限に追求することができます。
ですから、会社を自分の思うがままに動かしたいと考えるワンマン経営者が起こした会社などでは、労働基準法で就業規則の作成が義務付けられているにもかかわらず、それを無視して就業規則を作成しないケースが多く見受けられるわけです。
もちろん、そのような会社では、労働者の意思に関係なく経営者や役員、会社内の役職者が勝手なルールを勝手に作って労働者に命令してきますのでブラック体質を持つことが多くなります。
就業規則がない会社に労働基準監督署を利用して就業規則を作らせる方法
このように、労働基準法で作成が義務付けられているにもかかわらずそれに違反して就業規則を作成していない会社は危険な蓋然性が高いといえますが、まかり間違ってそのような会社に就職してしまった場合、具体的にどのように対処すればよいかという点が問題となります。
もちろん、上司や社長など社内の権力者に「労働基準法で義務付けられてるんだから就業規則を作ってくださいよ!」と申し入れるのが筋ですが、「就業規則を作れ!」と諫言して素直に応じる会社であれば労働基準法に違反したりせず最初から作成しているでしょう。
ですから、口頭で「就業規則を作ってください」と諫言しても作ってくれない会社では、具体的な行動を起こして会社に就業規則の作成を強制させる必要があります。
この点、具体的にどのように対処すれば会社に就業規則を作らせることができるか、という点が問題となりますが、一番手っ取り早く、かつ、労働者に危険が及ばない形で実現できそうなのが、労働基準監督署に労働基準法違反の申告を行う方法です。
労働基準法では、使用者(雇い主)が労働基準法に違反している場合に、そこで働く労働者が労働基準監督署にその労基法違反行為を申告することで監督署からの監督権限の行使を促す違法行為の是正申告の制度を設けています(労働基準法104条1項)。
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
そのため、先ほども説明したように「常時10人以上の労働者を使用する使用者」に該当し労働基準法89条で就業規則の作成が義務付けられているにもかかわらずそれを作成していない会社についても、その労働基準法89条に違反していることを労働基準監督署に申告し労働基準監督署から勧告や指導を行ってもらうことで、間接的に会社に就業規則を作成させることが期待できるということになるのです。
なお、この場合に具体的にどのような手順で労働基準監督署に申告を行えばよいかという点が問題となりますが、労働基準監督署への申告は労働基準監督署がその申告内容を正確に把握する意味でも書面の形で行うのが一般的ですので、申告書など書面の形で申告を行う方が良いと思います。
その場合の申告書の文面は、以下のようなもので差し支えないでしょう。
労働基準法違反に関する申告書
(労働基準法第104条1項に基づく)
○年〇月〇日
○○ 労働基準監督署長 殿
申告者
郵便〒:***-****
住 所:東京都〇〇区○○一丁目〇番〇号○○マンション〇号室
氏 名:申告 太郎
電 話:080-****-****
違反者
郵便〒:***-****
所在地:東京都〇区〇丁目〇番〇号
名 称:株式会社○○
代表者:代表取締役 ○○ ○○
電 話:03-****-****
申告者と違反者の関係
入社日:〇年〇月〇日
契 約:期間の定めのない雇用契約
役 職:特になし
職 種:一般事務
労働基準法第104条1項に基づく申告
申告者は、違反者における下記労働基準法等に違反する行為につき、適切な調査及び監督権限の行使を求めます。
記
関係する労働基準法等の条項等
労働基準法第89条
違反者が労働基準法等に違反する具体的な事実等
・違反者では、正社員とフルタイムのアルバイトを含めて、常時20人の労働者が就労しているが、就業規則を作成していない。
添付書類等
特になし
備考
本件申告をしたことが違反者に知れるとハラスメント等の被害を受ける恐れがあるため違反者には申告者の氏名等を公表しないよう求める。
以上
※備考の欄に上記の記載例のように記入しておくことで、労働基準監督署に申告したことを会社の経営者や役員に知られることなく安全に監督署からの権限行使を求めることが可能となります。