ごくまれに、有給休暇を取得したことを理由に賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当てなどの査定で不利益に扱い、その金額を減額したり支給対象から除外してしまう会社(個人事業主も含む)が見受けられます。
たとえば、会社から認められた有給休暇を消化して休暇を取った労働者のその有給休暇取得日数をを昇給の査定で欠勤扱いにして賃上げ対象から除外したり、ボーナス(賞与)の算出過程で欠勤扱いにして支給額を減額したりボーナスそのものをカットしたり、皆勤手当てを支給している会社が皆勤手当てを減額ないし不支給にしてしまうようなケースです。
しかし、労働基準法で保障されている有給休暇を取得しただけに過ぎない労働者が、その正当な権利を行使したことで賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当てといった賃金等の取り扱いに不利益を受けてしまうのは納得できないような気もします。
では、このように会社(個人事業主も含む)が有給休暇の取得を賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当て等の算定の際に不利益に扱い、減額や不支給の取り扱いをすることは認められるのでしょうか。
また、労働者が有給休暇を取得したことを理由にして賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当て等の減額や不支給を受けた場合、具体的にどのように対処すればよいのでしょうか。
有給休暇を取得したことを理由に賃金の減額やボーナス(賞与)、皆勤手当などを減額したり不支給にすることは許されない
このように、会社(個人事業主も含む)が有給休暇を取得した労働者を賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当て等の算定の際に不利益に扱い、減額や不支給の取り扱いをしてしまうケースがあるわけですが、結論から言えばこのような取り扱いは違法です。
なぜなら、労働基準法第136条で有給休暇を取得した労働者に対して賃金の減額その他不利益な取り扱いをすることが禁じられているからです。
【労働基準法第136条】
使用者は、第39条第1項から第4項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取り扱いをしないようにしなければならない。
【労働基準法第39条】
第1項 使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。
第2項 使用者は、1年6箇月以上継続勤務した労働者に対しては、雇入れの日から起算して6箇月を超えて継続勤務する日(以下「6箇月経過日」という。)から起算した継続勤務年数一年ごとに、前項の日数に、次の表の上欄に掲げる6箇月経過日から起算した継続勤務年数の区分に応じ同表の下欄に掲げる労働日を加算した有給休暇を与えなければならない。ただし、継続勤務した期間を6箇月経過日から一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日の前日の属する期間において出勤した日数が全労働日の8割未満である者に対しては、当該初日以後の一年間においては有給休暇を与えることを要しない。
6か月経過日から起算した継続勤務年数 | 労働日 |
1年 | 1労働日 |
2年 | 2労働日 |
3年 | 4労働日 |
4年 | 6労働日 |
5年 | 8労働日 |
6年以上 | 10労働日 |
有給休暇の取得は労働基準法第39条で労働者に保障された労働者の正当な権利であって、その取得をさせることは使用者(個人事業主も含む)における法的義務に他なりません。
そして、労働基準法第136条はその有給休暇を取得した労働者に賃金等で不利益に取り扱うことを禁じていますから、有給休暇を取得した労働者を賃金やボーナス(賞与)、皆勤手当ての算定に際して不利益に取り扱い、減額や不支給をするのは明らかにこの規定に抵触します。
ですから、こうした法律の規定がある以上、会社(個人事業主も含む)が有給休暇を取得した労働者を賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当て等の算定の際に不利益に扱い、減額や不支給の取り扱いをすることは違法といえるのです。
もちろん、それが違法になるのであれば法的な根拠がなくなりますので、その減額や不支給は無効になると判断することができます。
なお、この点については過去の最高裁の判例(エス・ウント・エー事件:最高裁平成4年2月18日|裁判所判例検索 )でも次に以下で引用したように、有給休暇の取得期間を賞与の算定で欠勤扱いすることはできないと判示して、その違法性を指摘しています。
使用者に対し年次有給休暇の期間について一定の賃金の支払を義務付けている労働基準法三九条四項の規定の趣旨からすれば、使用者は、年次休暇の取得日の属する期間に対応する賞与の計算上この日を欠勤として扱うことはできないものと解するのが相当である。
※出典:エス・ウント・エー事件:最高裁平成4年2月18日|裁判所判例検索 より引用
また、有給休暇の取得を昇給等の賃上げ対象から除外することが労働基準法第39条の趣旨に反して違法性を帯びる点についても同様の判例(日本シェーリング事件:最高裁平成元年12月14日)があります(※参考→介護/産育休/有給休暇取得を理由に賃上げ対象から除外された場合)。
沼津交通事件(最高裁平成5年6月25日判決)の問題点
なお、上記のような考え方に関しては、沼津交通事件(沼津交通事件:最高裁平成5年6月25日|裁判所判例検索 )の判断が問題となります。
この最高裁判例は、有給休暇の取得を皆勤手当ての算定において欠勤扱いする取り扱いについて
その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年次有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、年次有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるものでない限り、公序に反して無効となるとすることはできない(※当サイト筆者注:逆に言えば、不利益取り扱いが労基法39条の趣旨を失わせる場合は公序に反して無効と判断されるということ)
※出典:沼津交通事件:最高裁平成5年6月25日|裁判所判例検索 より引用
として、有給休暇の取得を賃金や賞与あるいは皆勤手当ての算定で欠勤扱いにして減額や不支給にする取扱が違法性を帯びる余地があることを認めている一方で、労働基準法第136条の規定については
使用者の努力義務を定めたものであつて、労働者の年次有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは解されない
※出典:沼津交通事件:最高裁平成5年6月25日|裁判所判例検索 より引用
と判示して、労働者側の請求を棄却し皆勤手当ての不支給を有効と判断していますので、この判例の見解に基づいて考えるなら、有給休暇の取得を賃金や賞与・皆勤手当ての算定で不利益に取り扱うことが労働基準法第136条に抵触することをもってその違法性や無効性を指摘することはできないとも考えられるからです。
しかし、この最高裁判例の考え方に対しては、年次有給休暇を労働者に保障した労働基準法第39条やその権利行使を保障するための規定である同法136条の趣旨に反するとして学説から強い批判がなされています(※参考→https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/05/45.html)。
労基法第39条や136条の趣旨を考えれば、労働基準法第136条を単なる努力義務と解するのではなく、こうした不利益取り扱いは無効と判断すべきでしょう。
有給休暇を取得したことを理由に賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当ての算定で欠勤扱いにされ不利益な取り扱いを受けた場合の対処法
以上で説明したように、有給休暇を取得したことを理由に賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当ての算定で欠勤扱いをするなどして不利益な取り扱いを行い減額や不支給にすることは労働基準法第136条に違反し無効と判断できるものと思われますが、実際に労働者がそうした不利益を受けた場合には、労働者の側で何らかの対処を取らなければなりませんので、その場合に取りうる具体的な対処法が問題となります。
(1)有給休暇の取得を理由に賃金や賞与あるいは皆勤手当ての算定等に不利益な取り扱いをすることが労働基準法第136条に違反することを「書面」で指摘する
有給休暇を取得したことを理由に賃金やボーナス(賞与)あるいは皆勤手当ての算定で欠勤扱い等の不利益な取り扱いを受けて減額や不支給がなされた場合には、その不利益取り扱いが労働基準法第136条に違反する旨記載した通知書を作成して会社に送付し、「書面」の形でその違法性を指摘してみるのも対処法の一つとして考えられます。
このページで解説してきたように、そうした不利益取り扱いは労働基準法第136条に違反するものであって同法第39条が労働者に有給休暇を取得する権利を与えた趣旨に反するものと言えますが、そうした趣旨を考えず不利益取り扱いをする会社(個人事業主も含む)はそもそも法令遵守意識が低いので口頭でいくら「違法な取り扱いを撤回しろ」と抗議したところでそれが受け入れられる期待は持てません。
しかし「書面」の形で改めてその違法性を指摘すれば、将来的な裁判への発展や監督官庁への相談等を警戒して話し合いに応じたり違法な取り扱いを撤回する可能性もありますので、とりあえず「書面」の形で抗議しておくことも対処法として有効に機能する場合があると考えられるのです。