採用面接で支持政党やその時の政権を支持するか否かなどを質問する面接官や人事担当者がごく稀にいるようです。
たとえば、採用面接で「○○党をどう思うか」とか「支持政党はどこか」とか「○○政権の政策をどう思うか」などの質問が代表的な例として挙げられます。
しかし、支持政党や政権に対する見解はその求職者の業務における適性や能力とは関係がありませんから、そのような質問をすることに合理的な理由はないように思えます。
では、このように採用面接で支持政党や政権への支持不支持など政治的な質問をすることに問題はないのでしょうか。
また、実際の採用面接でそのような質問を受けた場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
採用面接における「支持政党」や「政権への支持不支持」などの質問は採用差別(就職差別)につながる
このように、採用面接の際に「支持政党」や「政権を支持するかしないか」など政治的な意見を聞いてくる面接官や人事担当者がごく稀にいるわけですが、結論から言うとこのような質問は採用差別(就職差別)につながるおそれがあると言えます。
なぜなら、支持政党や政権への支持不支持など政治的な意見は本来的に個人の自由な信条に委ねられるものであり、それを基準に採否を判断すれば、求職者の「就職の機会均等」が不当に損なわれることになるからです。
日本は憲法の職業選択の自由(憲法22条)や財産権の保障(憲法29条)の規定から自由主義経済体制を採用していることが明らかですので、そこから導かれる「契約自由の原則」から企業の「採用の自由」も認められることになるものと考えられています。
つまり、日本では労働者を採用する企業がどのような属性の労働者を募集し採用するかという判断は、もっぱらその企業の自由な選択に委ねられることになるわけです。
しかし、この「採用の自由」も無制約に認められるわけではありません。憲法は国民の基本的人権を保障していますから「採用の自由」を無制限に認めてしまうと、国民の職業選択の自由(憲法22条)や法の下の平等(憲法14条)などの人権が不当に侵害されてしまうことになるからです。
ですから、企業に「採用の自由」が認められるといっても、それは国民の基本的人権を不当に制限しない「公共の福祉(憲法12条)」の範囲で認められるだけであって国民の「就職の機会均等」を損なうような「採用の自由」は認められないと考えなければならないわけです。
では、これを踏まえたうえで採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問する行為について検討してみますが、かかる質問は個人の「思想良心の自由(憲法19条)」の範囲に属する内容になりますから、本来は個人の自由意思に委ねられるものであり、他者から干渉を受けることがあってはならないものと言えます。
しかし、採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問され、その答えによって採否が左右されるとなれば、面接を受ける企業の好む政党や政権を支持する思想を持たなければならなくなってしまいますので「思想良心の自由(憲法19条)」が不当に制限されてしまいます。
また、仮にその企業とは異なる政治信条を持つ求職者は、その企業の好みとは異なる政党や政治思想を持つことで不採用になってしまいますが、そうなってしまえば特定の政治思想を持っている求職者だけが面接で不利益を受け不採用になってしまいますから、それは特定の政治思想を持った求職者に対する差別になるでしょう。
そして、そもそも支持政党などの政治思想は求職者個人の適性や能力とは関係がありませんから、それを質問すること自体に合理的な理由(公共の福祉)も存在しません。
このように、採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問することは、それ自体が求職者の基本的人権を制限することになり、合理的な理由もなく求職者の「就職の機会均等」を損ねることになりますから、採用差別(就職差別)につながるという批判ができることになるわけです。
企業側に差別の意図がなかったとしても、採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを尋ねる行為は採用差別(就職差別)につながる
この点、たとえ採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問したとしても、企業側に差別の意図がなければ採用差別(就職差別)にはならないのではないか、という意見もあるかもしれませんが、企業側の意図は関係ありません。
なぜなら、企業側に差別の意図がなかったとしても、その質問すること自体が差別を誘発してしまうからです。
仮に企業側に差別の意図がなかったとしても、いったん面接官や人事担当者が応募者に支持政党や政権への支持不支持などを質問してその回答を聞いてしまえば、自分の意識からその政治思想を完全に排除して採否を判断することは事実上困難になってしまいます。
面接官や人事担当者に差別する意思がなかったとしても、その求職者の政治思想は予断や偏見を少なからず惹起させてしまいますので、採否の判断に何らかの影響をあたえてしまうでしょう。
また、その企業の支持政党と異なる政治思想を持つ応募者がいた場合には、不採用になる不安から支持政党や政権への支持不支持などを聴かれること自体が大きなストレスとなり得ますので、面接でその質問を受けること自体が他の応募者と比較して多大な精神的負担となってしまい、特定の政治思想を持つことで差別的な受験を強いられることになってしまいます。
このように、たとえ企業側に差別の意図がなかったとしても、結果として採用差別(就職差別)につながることは避けられませんから、企業側の意図や認識にかかわりなく、採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問する行為は採用差別(就職差別)につながるものであって本来的に許されるものではないと言えるのです。
厚生労働省の指針でも採用選考における政治思想などの質問は採用差別(就職差別)につながるものとして注意喚起されている
なお、採用面接で支持政党や政治思想などを質問する行為は厚生労働省の指針(※参考→https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo.htm)でも採用差別(就職差別)につながるものとして注意喚起されていますので念のため引用しておきましょう。
「宗教」「支持政党」「人生観・生活信条など」「尊敬する人物」「思想」「労働組合(加入状況は活動歴など)」「学生運動などの社会運動」「購読新聞・雑誌・愛読書」など、思想・信条にかかわることを採否の判断基準とすることは、憲法上の「思想の自由(第19条)」「信教の自由(第20条)」などの精神に反することになります。思想・信条にかかわることは、憲法に保障された本来自由であるべき事項であり、それを採用選考に持ち込まないようにすることが必要です。
※出典:公正な採用選考を目指して|厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/saiyo-01.pdfより引用
採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問された場合の対処法
以上で説明したように、採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問することは採用差別(就職差別)につながりますので本来であればそのような質問を受けることはありません。
もっとも、実際の採用面接の場でそのような質問を受けた場合には、応募者の側で適当な対応を取らなければなりませんのでその際にどのように対応すればよいかが問題となります。
(1)その会社への就職を取りやめる
採用面接で支持政党や政権への支持不支持などの質問を受けた場合には、その会社への就職を取りやめるというのも選択肢の一つとして考えてよいかもしれません。
先ほど説明したように、そうした質問は採用差別(就職差別)につながるものとして厚生労働省の指針でも注意喚起されていますから、その指導を無視してそうした質問をする企業というものは、そもそも倫理意識が欠落しているか、厚生労働省の指針すら無視するほど法令遵守意識のが低いか、そうした社会のルールを調べようともしない無知・無教養な体質を持っていることが十分に推測されます。
そうであれば、仮にその会社から内定を受けたとしても、遅かれ早かれ何らかの労働トラブルに巻き込まれるのは容易に想像できますから、その会社ににゅしゃすること自体が将来的なリスクになってしまうでしょう。
ですから、面接でそうした政治的な思想を聞かれた場合には、その会社への就職は取りやめて他のまともな会社を探してみることも考えてよいと思います。
(2)採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを質問された事実をハローワークに申告(相談)
採用面接で支持政党や政権への支持不支持などを聞かれた場合には、その事実をハローワークに申告(相談)してみるというのも一つの対応として考えられます。
先ほど説明したように、そうした政治的な質問は採用差別(就職差別)につながるものとして厚生労働省の指針でも注意喚起されていますが、厚生労働省の指針の指導機関はハローワークがになっていますので、その事実をハローワークに申告(相談)することで情報提供の一つとして受理され、何らかの指導などに役立つかもしれません。
特に、その採用面接がハローワークから紹介を受けた企業のものである場合には、ハローワークから何らかの指導をしてくれることも期待できます。
そうして行政に監督権限の行使を促することによって採用差別(就職差別)につながる面接が一つでも減るようになれば、社会的に意義のある行動となりますので、とりあえずハローワークに申告(相談)してみるというのも考えてよいように思います。